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たつき諒先生の私が見た未来と予言と預言

パラパラとたつき諒先生の私が見た未来を読んでた時に

ふと思ったことがあった(てか以前から思ってた)

 

予言って二種類あるなと

漢字でもよげんという文字は二種類ある

 

神の言葉を「預かる」者が「預言者」、未来や人の運勢などを予め語る者を「予言者」と理解した。

 

WIKIさんから借りました説明DEATH

 

私が思ったのは、預言というのは霊的な存在から伝えられるもので

予言というのは未来に行って見てきた世界

 

そんな感覚

たつきさんの場合は後者なのでしょう

以前も書きましたが時間軸は未来から過去に流れている

 

そんな時間の流れもある説でいえば、なにかの時に未来に意識が行って

また戻ってきた

そんな感覚かも

 

多分肉体が活動を減らしている睡眠状態はその手のことが起こりやすいのでしょう

 

瞑想等で意識的に肉体の活動を落とすより入眠という自然なサイクルの中で肉体活動を低下

そちらの方がこの手のことは置きやすい気がします

 

さて二種類の予言、どちらが精度が高いかと言えば

やはり予言の方だと思うのです

 

いわゆる自称神仏や精霊といった高次の霊らしきものからのメッセージ

時にはどえらいリアルにビジョンとして見せられることはある

 

私のような凡庸を絵にかいたのび太のような生き物でもある

この手のものって基本外れたり検証がしにくい場合が多い気がするのです

 

基本霊って嘘つきで社会や人を不安にさせ混乱させて

それ見て喜んでる類のものがとても多い

 

いかにも悪そうな姿であれば誰も信用しないので

神仏の姿をしてみたり、なんだか聖なるありがたそうな姿に化ける

霊と言うのは肉体がないので、我々のような肉体の特徴というものがないので、様々に化けやすい

 

ま、昔風に言えばお告げ的な内容

たしかにお告げ的なものって凄く当たってる場合もある

いわゆる昔のお告げ信仰の霊能者のように

 

いまでもお告げが当たる方は確かにいますが

それはあくまでも短いスパンであったりが多い

 

なぜかというとお告げを告げる霊的な存在というものが

ものほんな神様というよりも眷属的なものの場合が多いので

 

彼らには先の未来を見渡す能力というものがないんじゃないかと思う

私が思うに100年とかの長期のスパンで見渡せる存在って

やはり神様や仏様という存在だけだと思うのです

 

いわゆる国や社会というものをどんな方向に持っていこうかという

長期スパンのブランディングができる方々のみ

そんな感覚

 

そしてもひとつのいわゆる予言のお話

先日知人と話していた時に、やはりこの世には多次元とつながる

場所というのはあるんじゃないかという話になりまして

 

多分小野篁があの世とこの世を行き来していたという

六道珍皇寺の井戸なんかは

そんな場所だったのでしょうし

 

私的には鎌倉の極楽寺にある導地蔵や

 

市川の八幡の藪知らずなんかもそんな次元の割れ目的な場所だったんじゃないかと思うのです

 

多分昔はこの手の次元の割れ目というのは結構あった気がしますが

現在はその割れ目は閉じちゃってるんだろうな~

 

そんな気がします

続く

 

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