さてコメで信長調伏~のお話で土佐のいざなぎ流という陰陽師たちもやってたのでは?とありますが
実は私の感覚だとやってないんですな
理由は二つ
まず一つはいざなぎ流って今でも山ふかいというか辺鄙なとこじゃないっすか
多分地形的に土佐の領主長曾我部氏のいわゆる一領具足といわゆる農民やりながら戦になると出陣します~という
兵隊さんとしてあんま招集されなかったというよりも
そういう情報すら来なかった地域じゃないかと
呪詛というとやはり当時はネットもない時代なので名前が唯一の情報でして
多分いざなぎあたりだと織田勢が土佐に攻め入るという情報すらなかったかも
あったとしても織田勢と言うよりも上方の方から兵站さんがやってきて程度じゃないかな~
あとですね 当時の武将なんかがいざなぎあたりの民間の拝み屋さんなんかに祈祷は頼まんだろうな~
基本頼むとこって決まってるじゃないっすか
信仰してるとこであったり
ま、正直な話今のイメージとしての陰陽ってすごい!!
というイメージでしょうが実はそこまでね
平安以降は徐々に徐々に政治の中枢から外され田舎へ田舎へ流れていくそんな感覚
も一つが 国家レベルの祈祷法を持ってなかったと思うのです
国家=当時でいえば尾張とか領国単位ですが
そのレベルでの祈祷法を実は持ってなかった
少なくとも我が家のような地方の民間の拝みや的な陰陽師なんかでは
基本は個人の調伏~という感じで
国家レベルという大きな世界観、宇宙観というものがない感覚なんすね~ あくまでも我が家を通して感じる陰陽って
政治の中枢にいた平安期でも結局は国家レベルの祈祷なんかは密教~なんじゃないかなと
ま、陰陽の術としてではなく 神仏を通して~
そんな感覚
結局安倍晴明さんでさえ 立ち位置としては藤原道長の個人の祈祷師じゃないっすか
国家としての立ち位置はあくまで暦と天文をつかさどる役人さんというのが土御門や加茂家の立ち位置であって
藤原道長さんなんかのもですね
天下の○○寺さんなんかが 実は藤原氏の祈祷寺的な立ち位置で安倍家なんかが祓いを担当して祈祷は○○寺の密教部門が~というお話が伝わってるとかですから
ま、あくまでも私の感覚の陰陽なのですが
術というものでいうと 結局は個人レベルまでで国家レベル(領国レベルなんかも)になると
法といもの、神仏を通してではないと実は作用しないんじゃないかな~と実感としてあったりなのです
結局幕末の薩摩家の有名なサイキックお家騒動のお由良騒動なんかも
サイキックとして祈祷に動員されたのって密教畑の行者さんたちだったじゃないっすか(池口さんとこの先祖も動員されたといってますね)
陰陽師じゃないんすよね~