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祈祷で大事なこととその先の境涯

自行と化他行というものがある

自行というのは文字通り自分のための行

山に行ったり自分の修行のために拝んだりという

自己実現ともいえるもの

 

化他行とは他人様のために拝んだりすること

(ざっくりそんな感じじゃないっすかね~

間違ってたらごめんなさい)

 

さて他人様の祈祷なんかで最近とっても気になることがある

祈祷はすべて本尊にお任せで行者はただ伝えるだけ~と常日ごろから

師僧がおっしゃりますが

 

これがなかなか難しい

どうしても我というものが出る

 

祈祷をしながらも、どこかで自己実現的な気持ちが出てくる

例えば病気の祈祷

 

病気が治りますように~というお願いは当然本尊様にするのですが

どこかで、自分が思うような結果であったり、治療方針云々であったりという気持ちが沸き上がることが多々ある

 

これって結局病気が治りますようにと拝むことのようで

自己実現のためであったりするのですね~

 

やはりそこをどんどん小さくして行って、最終的には化他行は

自己実現が目的ではないというとこに行かないとですね~

ま、その先の境涯というとこにたどり着くことが大事なのでしょうな~

(ちなみに私的には仏様の境涯に近づけば近づくだけ、仏さまのお力をいただけると思ってるのです)

なのでどれだけ大変な行をしたり艱難辛苦にあっても

境涯が上がんなきゃ意味はないと思ってマッスル

 

拝んでいても、その辺りの我欲の大きさによってやはり仏様のお働きの差がとっても出てくる感覚がある

我(自己実現)が大きいとやはり仏は引っ込む

逆に我が引っ込むと仏が前面に出る

 

多分そういうものなのでしょうね~

修験なんかの自行と他人様を拝む化他行というものは

車輪の両輪で、自行で思い切り自己実現に向かい

化他行では自己実現から切り離すということもあったりするのかも

 

多分自行の自己実現という部分を行わないと

化他行で自己実現を目指しちゃいそうですもんね~

 

プロレス的に言えば、坂口憲二の父ちゃんや長州力さんのように

アマチュアスポーツで頂点を極めた人たちは、お客様の入ったリングでは

強さを求めずに、プロレスというものを演じる(良い意味で)

 

逆にアマチュアスポーツで実績のない人たちは道場で強さを目指して

リングの上でも、強さをアピールして、アメリカマットで干されちゃう

(プロレスと格闘技をごっちゃにしちゃう)

 

総合格闘技という本物の強さを追求した競技が確立されると

プロレスの枠内で強さを目指していたレスラーたちは駆逐されちゃう

 

そんな感じなのでしょうね~

(9割の読者さんは全くピンと来ないでしょうが、1割のプオタには伝わる)

ま、自己実現の先の我欲をなくすという境地を目指すということが大事で

あって

 

その過程で自己実現のためにきっつい行なんかが必要なのでしょうね

さて読者様からのブレスレットの感想になります

素敵なブレスレットを作成して頂き、ありがとうございました。

受け取った日から、とても眠かったです。2〜3日眠い日が続いた後、早速変化がありました。

私の職場は、女性ばかりです。10歳年下の主任振り回され、絶えず職員同士のトラブルにも巻き込まれ、毎日ストレスの連続でした。

 

また、私の仕事の仕方が批判される事も重なり、自信もなくなり、落ち込む日々が続いていました。

ブレスレットを身につけて、まだ一週間なのですが、トラブルに巻き込まれなくなりました。前だったら、絶対巻き込まれていなような状況でも、

今は無傷です!蚊帳の外です!
それがめっちゃ嬉しいです。
勝手にやっとけYOってな感じです。

 

世の中面倒ごとってあるじゃないっすか 特に現代社会は人間関係

面倒ごとの一番の回避法は渦中に身を置かないことなのです

 

総合格闘技ブームが起きた時、アントニオ猪木は自分のとこのレスラーを

総合のリングにあげて負けまくってプロエスの権威は失墜した

(火中で栗は拾えなかった)

 

たいしてジャイアント馬場さんは、ライバルの猪木プロレスが総合に向かうのを横目にプロレスを独占させてもらいますの名言とともに

総合格闘技には一切かかわらなかった(渦中から離れる)

 

と~っても大事なことなのです

(多少ハブられたって、悪口やいじめのオンパレードの人たちなんだから

別にええじゃん、人間性悪いんだから)

 

私の持論で、いい人に嫌われるのはきっついけど、いやな奴に嫌われるのは

ど~でもええのです

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