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密教と陰陽道の発展の差を考える

さて日本の二大呪術といえば密教と陰陽道

その二つを語れる漢、実は私じゃんとハタと気づいた

(ま、冗談です)

 

一応我が家は民間の陰陽師というものを齧ってた(というより実質は陰陽道なんかの影響もうけた田舎の拝み屋という方が正しいかも)

 

密教はペーペー以下ですが一応何となく触りくらいは(入口のぞく程度ですが)

 

そんな私が思うに、結局学者さんやネットで論じる方たちって耳年増で

情報はあっても経験はない

 

やはりこの世界って経験の有無がすべてなんです どれだけ情報もっても

 

最近私が特に思うのが密教の越法罪てきな事

 

密教って秘密の教えなのでみだりに教えたり語ったりってあかんじゃないっすか

法を犯すからといういい方しますが

私が最近思った理由がもう一つ

 

結構密教って微妙な言い回し多いのです 密教というものの世界観や何やらを分かってないと誤解しちゃうようなある種の逆説的な言い方というか

日本史の欠点でもある資料至上主義

 

例えばSNSなんかで今年のジャイアンツについて

てんで弱くて原なんて能無し

菅野なんて全く使えないという書き込みが500年後の未来に残っていて

それを野球研究家が発見したとする

 

そうすると500年後の学界の定説では巨人はドベゴンズ以上に弱小で原は高木守道以下の能無し、菅野はハンカチ以下の投手となる

 

そんな感じでその文化云々を知らない人にはなすとかなり誤解されちゃうような内容が多いというのも理由だと思う

 

例えば剣術なんかで刀は脱力して持つ~といわれると本当に力抜いて

刀を構えるどころかだらんと下におろして振ることもできない

 

そんな感じの伝わらなさといいますか

 

さてそんな私が思う密教と陰陽度の最大の違いというのは

ま、いろいろありますが

一つは日本を代表する宗教団体と土御門家というおうちの呪術

この差がすごく大きいな~

 

ま、今風に言えば圧倒的な経済の差

もしかして密教が発展し、陰陽道が廃れた理由の大きな一つではないかと思うのです

 

今風に言えば明治の頃に代々伝わってきた妙薬を販売し始めた薬屋さんと、大資本をバックに莫大な開発費や広告宣伝費をかけれる大企業の差

 

そんな感覚かも スタートの明治の頃は似たような資本で薬効も大差なかったけど今では大差!!しかも片方はお店もとっくにつぶれちゃった

 

そんな感覚

密教なんかを修行すると、やはり皆さん一番しんどいことってお金の工面なんかだと思うのです

 

今の時代でも法具や衣、修行やらなにやらで凄くお金がかかる

これが飲まず食わずの時代に法具や衣云々をといったらとんでもない額だったと思うのです

 

それこそ前器と呼ばれる基本的な法具だって今でいえばフェラーリ購入するくらいの貨幣価値だったのかも

 

白米どころかヒエや粟立って飲まず食わずの時代に白米備えたり

お香や灯かりたてるって凄い事じゃないすか

 

いわゆる経本や何々法なんかを書きのこすことだって紙なんか庶民に手に入んない時代ですから

 

そう考えると、術でも法でも、文化でも発展するには莫大な経済力が必要じゃないですか

そこの差って大きいと思うのです

 

陰陽道の二大お仕事、暦の作成と天文ですが

結局土御門家って江戸時代の後半に入っても日食を外しまくって

時の幕府の信頼を失いまくり、最後は天文の天才渋川晴海に当時の最先端の天文技術を教えてもらいに行き

 

その代わり当家に伝わる技術をお教えしましょう~というと

そんなカビの生えたものはいらんよ~といわれちゃってる始末

 

今でも天文学ってお国レベルでの研究じゃないっすか

宇宙の謎云々って 残念ながら土御門はいわゆる町の天文マニア的な

だったんですね~ やってるスケールは

 

これが例えば国家事業として莫大な研究費や中国あたりへの留学なんかもお国がサポートしてたら結果は変わったと思うのです

今でいえばNASAに公費で留学ですから

 

逆に言えばそれができたのが密教 始祖であるお二人も公費でNASAならぬ中国に留学して当時の最先端技術密教を学んできてる

 

さて安倍晴明さんの時代であれば、まだ密教と陰陽道の発展の差というのは今ほど大差はなかった気がするのです

 

それがのちに大差となる かたや戦国時代には天下人となる織田信長を脅かすほどの力を持ち方や下級貴族のままで中々組織化すらできない

 

その差は何だったのかと考えるにやはりいろいろありますが

大きなものの一つに結局信仰対象なのかどうかというものはあったと思うのです

 

陰陽道にも様々な神はいますが、庶民の信仰の対象とはなかなかならない

どちらかというと呪術を行うものの信仰対象

密教に限らず仏教ってやはり庶民の信仰対象になる神仏じゃないですか

 

もひとつ思うに仏教って貴族や天皇といった権力者の方向も向きながらも庶民にも目を向けた(布教活動)

 

陰陽道って、やはり庶民というよりも権力者の方向に~だったと思うのです

平安以降世が下って陰陽道の技術も庶民にも~となっていきますが

 

やはり庶民の方向に目を向けたのは土御門という党首ではなく法師陰陽をはじめとする民間陰陽師たち

 

その辺りの温度差も関係したのでしょうし、陰陽道って私なんかも思うにやはり技術なんですね

呪術という技術

 

陰陽の術という技術で病気なんかを治したりしますが、

その先の信仰に持っていけない

治った方は、治してくれた陰陽師さんに手を合わせるけどそこ止まり

 

鎌倉時代の末法ではないけど当時の夢も希望もない庶民にとっての救済者って陰陽師や密教僧という人間ではなく

 

阿弥陀様であったり大日様であったりの仏様だったと思うのです

おすがりするのは観音様

 

仏教の場合はそこの信仰対象としての仏様に持っていける

そこから信仰という名の教団拡大につなげれる

 

そこの差ってやはり大きいし、文化や技術というものってなんだかんだ言って経済力と比例する

仏教なんかの世界観のスケールってバカでかいじゃないっすか

バカでかいスケールのものを構築するには当然それだけの学識が必要

 

当時の戦乱や基金に明け暮れる時代で学識手に入れるって経済力ないと無理じゃないっすか

だって皆さん生きるために必死で働く時代に何御生産性もない学問にはげむんですから

 

陰陽道って土御門家でさえ、やはり結構貧困にあえいでた時代があったくらいですからね

面白いので続く

 

 

 

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