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霊視やお告げの話

世の中には霊能や霊視というものがある

それがあると、うわ~凄い!!から始まっていつの間にか教祖様にまで上り詰める場合もある

霊視=絶対視という風潮もある

 

私的にはそこは危険だな~と思うのです

人間自分が持っていない能力や、人間ではないものからのメッセージなんかを神聖視しがちです。それは仕方ないと思うのです

大いなる存在熱望論というものって太古の昔からあると思うのです

 

神や仏はいるかいないか?と言われればいないという方も案外いるとは思いますが、いてほしい書いてほしくないかと聞かれたら大半の人はいてほしいと答えると思うのです

 

そう考えると霊視=大いなる存在からのメッセージ的にとらえがちなのも分からんでもないのです

 

私なんかもなんとな~くのインチキ霊視的なこともする場合ありますが

私程度の話でいえば実際にそれが当たる当たらないでいえばどちもどっちなんです

 

当たる場合もあれば外れる場合も当然ある

どっちが多いと言われれば当然後者!!ははは

 

私の感覚でいえば時折どでかいHRは打つけど打率は低いよね~

そんな感じかもです

 

中にはとても精度がよい方もいるとは思いますが私なんかにすればそれは霊視というよりも熟練の職人さんの勘みたいなものに近いのかもと思うのです

 

そういう方たちって定規なんかで測らなくても数ミリ単位の誤差がわかるじゃないっすか

あんな感じでそれにきちんと向き合って従事すれば自然に出てくる感覚に近い霊的な能力なのかも

 

さてそんな霊視なんかで皆さんが陥るのが、社会性を失うということ

とんでもないお告げをとんでもないままに伝えたり実行させたりして、社会的に外れてしまう

そんなのって結構あるじゃないですか

 

あほな霊能者や占い師さんが陥るあるあるで

私なんかは人間というのは時代時代で常識云々も変わって行く生物なのでその時代に即した常識や社会性というものを身につける必要があると思ってるのです

 

お告げで実行もやはりその尺度に照らし合わせる必要はあると思うのです

霊能って何?と聞かれたら道具の一つだととらえてるのです

目がよい、足が速い、コミニケーション能力にたけてる、そんな能力の一つで、さてその能力は?と聞かれたら、この世で生きていくうえでの道具として上手に使えたらよいよね~じゃないですか

 

道具って結局使い方、目的が大事であって道具自体が目的になってはもったいない

せっかくコミニケーション能力が高いのであればそれを磨くのもいいけど一番良いのはそれを社会の中でどう使っていくか、その使い道に応じてどう高めるかじゃないですか

 

霊能も同じだと思うのです ただただ能力を高めて感度をあげても、その使い道って有益なんすか?といつも思うのです

私の好きな武道のお話でいえば、山田さんというフルコンタクトマガジンという格闘雑誌を編集してた方がいまして

 

その方が八極拳という中国武術でムエタイというキックボクシングの頂点に立つ格闘技に生徒さんたちを挑戦させてるのです

いままでも中国武術や伝統武術で現代の格闘技に挑戦!!という方がたくさんいましたが皆さん負けてるのです

それは何かと考えると結局今までの武道が実践の場で戦う場合、

その武道の動きや戦い方をそのまま持ち込んで、対応できずに負けるか、武道を捨ててその格闘技の動きにしていくしか戦い方がなかった

 

でも武道には武道の長所というものがありそれを使えるような、現代な格闘技に対応するアダプターを付けるという発想が必要だろ

そんな発想で八極拳の動きを現代の格闘技に対応できるようなアダプター(技術体系)を作りながら今挑戦してるというものなのですが

まだアマチュアレベルの対戦ですが中々の実績をあげているのです

 

霊能なんかもアダプターは必要ですよね

今の社会状況なんかに合わせた表現なんかも必要ですし、そのお告げを使う使わないというジャッジなんかも社会性と照らし合わせながらということが大事なんだと思います

そうじゃないとパナウェーブさんのようにワイドショーで連日取り上げられ、お茶の間のおばはんたちにはゲラゲラと笑われ

小学生にはアルミホイルでコスプレされちゃうという、人気一発屋芸人さんのような人気者になっちゃうのであります

 

 

 

 

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