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大人の喧嘩と子供のいじめ

世の中には超えてはいけない一線というものがある

それを超えるとどうなるか さ~、どうなるのでしょう

 

世の中には大人の喧嘩がある

大人の喧嘩というのは負けてはいけないのです

何故ならって簡単な話で、大人の喧嘩って単なる謝罪という解決では済まないからなのです

謝罪というもののは金銭的、社会的、刑事的、民事的な謝罪というものとセットとなっている

 

そういうものですから喧嘩するなら大儀というものを持っていて

確実に勝てる喧嘩という状況で戦うことが望ましいのです

 

なんだそりゃ??という話ですが

いやいや、個人的なことです ははは

 

自分でいうのもあれですが怒ったり腹立てたりってほぼほぼないですが

人間火の粉が降りかかったら仕方ない~と言う場合はやはりある

 

そういう場合は躊躇せずに振り払うのが大事なのですな

 

ちなみにこの手のブログ書いてると、コンサルのお客さんなんかには

喧嘩売られたら呪詛とかするんですか?と聞かれることありますが

いや~、喧嘩を売られないように生きるのが大事じゃないっすか~

 

本来の結界云々って現実的にもトラブルを回避ですから~

トラブルが多いというのは結界なんか張れてないっすよね~

護身云々できてないっすよね~

 

呪詛なんか自分や身内なんかにも業というものになるのでするわけないじゃないっすか~

するときは確実に勝てる見込みがあって弁護士挟むにきまってるじゃないっすか~

ははは

喧嘩というものも2種類あると思うのです

一つは冷静に冷静に追い込んじゃう方法 以前書いたようにそれこそ喧嘩の落としどころまで設定しておく

おすすめは当然こちら

ちなみに落としどころは場面によってさまざま、あんけんや相手によっては二度と舐めたことができないくらいに叩きのめすという必要だって場合もある

 

もひとつは勝とうが負けようが関係なしに立ち向かった方がよい場面

子供のいじめや会社の理不尽なパワハラやいじめなんかもこちらかも

 

ま、大人だったらいじめやパワハラも証拠を積み上げた方がいいですが

そんな余裕もなく追い込まれたら、感情に任せて闘うのも大事

それは勝ち負け以上にネズミだって追い込まれたら猫をかみます

お前らなめんな!!という姿勢を見せるのが大事なのです

 

ま、今後の抑止力としてというやつなのです

ちなみにそこまで立ち向かうことができない場合は逃げましょう~

我慢してくと病んじゃいますしトラウマになっちゃいますからね~

 

ちなみに子供のいじめって大人が気づいて早急に対応しかないと思うのです

何故って子供は子供でプライドがある

自分がいじめられてる事実って親にも学校にも知られたくないじゃないですか

自己申告するばあいってごく一部だと思うのです

なるたけ身近な大人が気づいてあげる、ちょっとした変化に気づいてあげるのが大事

 

子供同士で解決なんか無理でしょ

だって子どもって想像力が乏しいですから

いじめはだめです云々注意したってさてそれが今後どんな罰にエスカレートするのかと想像できないじゃないですか

想像できないことって結局抑止力にはならないのです

 

例えば法律が変わって子供のいじめで何千万円単位の慰謝料が発生しようが、いじめは世間に顔出し、実名報道しますとなって社会的、将来的に制裁~となろうが子どもってそれがどういうことで

自分の人生にどう影響するかって想像しないじゃないっすか

 

どっちかというと親が必死に抑止力になるくらいで

 

子供の想像っていじめがばれておっかない先生にこっぴどくぶん殴られたら恐怖!!

それが子供が想像できる最上級の恐怖と抑止力

今は社会的にその選択がアウト!!となってますから

 

そりゃあいじめだって増えるしエスカレートするわな~

いくら尾木ママが安藤サクラさんの曽爺ちゃん、犬養毅首相のように話せばわかる!

しっかりと子供たちと話し合いましょう~云々言ったってわかんね~よ!!

 

だって想像力が少ないもんとおもうのです

人間想像力の欠如というのは結構致命的になったりもします

今って共感力の欠如、鈍感力の欠如ということは言われても

想像力の欠如ということはそんな言われないじゃないっすか

 

想像力って凄く大事です

 

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