さてあきらめるという言葉ですが、明らかに見るという意味もありますが
ま、いろんな本や何かでよく書かれてる一休さんもびっくりなこじつけな頓智!‼そんな気もせんでもないですが ははは
私なんかは本当にあきらめるというのもありかと思います
あきらめ=絶望というか失敗というイメージじゃないですか?
ですがあきらめも肝心です
無理なことをだらだらと続けるもは時間とお金の無駄遣い
お店なんかも無駄に借金してだらだら続けるのって
そのお金はお前のものじゃないだろ?借りたお金だろって
ま、何が言いたいかといいますと
あきらめる=新たなスタート地点という意味もありと考えれば気も楽ですし人生の可能性も広がる(ような気もする)
世の中ってなんか一生懸命やった末のあきらめって大事なようにできててですね
一生懸命やった末というのが大事でそうするとほかの隠れステージが
ひょっこり現れる場合多いのです
ひょっこりはんはひょっころどころかあっさり消えてしまいましたが!!
今まで考えもしなかったステージがはピコーンというゲームボーイのスイッチを入れると鳴る音とともに現れるのです(我が家には残念ながらゲームボーイしかありません)
というか今まで野球以外は考えてなかった野球馬鹿が、じつは野球馬鹿時代にも現れてたステージって見逃してるじゃん
単に次何したらいいんだろ?と見渡したら
もともと表れてた体力を生かした佐川さんの配送なんかの
道に気づくかもしれん(そして暴行事件起こして逮捕!!って藤王さんだよ!!)
はたまた周りで見ていたどこぞの社長が彼はあんなにひたむきに頑張れるんだからうちの仕事任せたら大変な戦力になる
そんな感じででかい仕事を任される可能性だってある!!
諦めが肝心って本当だとおもったりです
再スタートできるという意味でさ
ま、逆にあきらめずにやり続けるのも大事だったりもしますが
その見極めはどこか?
案外単純な そのことへの好きという気持ちなのかも
純粋なただただそれをやると時間を忘れて没頭しちゃう
そういう純粋に好き、世間の評価や成功なんかは全く関係なく
それをやり続けざるを得ないという欲求がある場合というものはやったほうがいいかも
辰吉さんのボクシングのような、カズのサッカーのような場合は
やらずにはいられないというやつは
逆に好きではあるがそこに付随するものも含めての
好きだったらやるだけやって無理だったらさっくりやめるほうがいいかも
それは好きだけど生活のためであったりそこから発生する名声なんかが
ほしかったりという場合は