ここのところ何人かの人に三峰のご眷属お返ししました?となぜか聞かれる機会があった
家に帰って確認したら半年ほど遅れてました
あ、これはご眷属様からのメッセージでそろそろ返せよ~ということだなと
神仏様なんかを祀ってるとやはりその手のお知らせというのはちょくちょくある
我が家はやはりダキニ様という方がなかなかお世話さんであったりもする
この方の場合はお供えのお菓子 これが少なくなってくると何故だか
読者さんたちからお供えがちょうどのタイミングでやってくるのでありがたいことに切らしたことがないのです
皆様いつもありがとうございます
さてダキニ様や弁天様、毘沙門様といったいわゆる天部尊と呼ばれる方々
なかなか祀るのが難しくなおかつおっかないと言われますがそのあたりを少し
ダキニ様、この方はとくにおっかなく難しいと言われますが
私的にはこの方しか天部様を祀ったことがなかったので比較対象がないので特段そう感じたことがなかったのです
これが普通くらいしか
毘沙門様お迎えして拝んで思ったのが、毘沙門様って拝みやすい!!
ははは
毘沙門様が巨人の桑田の様な糸を引くようなストレートであればダキニ様はかなりの癖球、なおかつ球威もあるという野茂のようなタイプなのかも
確かに癖があるな~ ははは
癖が良い悪いではなくこれは完全に相性の問題でしょう
キャッチャーとの相性がよければとてつもない結果を残すけど悪ければ
全然勝ち星上げれない、そんな感じかも
さてその天部様でも毘沙門様や弁手様は境涯が高いといういますか
ダキニ様はお低いと言いますか そんな言い方よくするじゃないですか
なのでダキニ様は難しいけど人間界にお近いから験が早いというかんじのことを
私的にはダキニ様は怒りの沸点も低い代わりに喜びの沸点もとても低い方と感じます
怒りっぽいけどすぐ喜んじゃう そんな感じで感情の起伏が子供や女性のよう(ま、我が家は翁像ではなく女性像ですし)
なのでお供物なんかもすごく喜ばれるのです
密教では六器という法具を使って閼伽や塗香、華鬘といったものをお供えするのですが
その時に色々するのです 内容は内緒です
私的にすごく大事だと思うのはそのお供物をどれだけ最高のものと観想して最高のものとしてお供えということ
焼香であれば蘭奢待という、正倉院に眠ってる、信長と明治天皇と足利将軍といった歴史上数人しか切り取って使ったことがない天下第一の香木と観想してお供えしたり
燈明でいえば平安時代に使われてた荏油なんかをつかった灯りをイメージしたりしますが
特に閼伽水で足を洗うというものを脚を洗わせていただくと観想するとても喜ばれる
こんなことまでしてもらうの初めて~ 感動しちゃう~
そんな感じで
他の方たちと違い喜びも素直に表に出していただける方、そんな感覚なのです
天部様は供物が大事という言葉って多分そういうことなのだと思います
皆様も天部様祀られてたりしてたら、お供物をお供えするときに
そんな感じの一工夫されるとすごく喜ばれるかも
観想まではできなくても普段使ってるお香なんかをよいものにしたり、
お供えなんかを少し高級なものにしたりそういう心をすごく喜ばれるんじゃないかと勝手に思ってます