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エドやんの文才(NOTエモやん)

小学校の同級生に工藤君と言う少年がいました

(通称エドやんという粋なニックネーム、しゃれた校風っすね)

エドやんはいわゆる百貫デブで、同級生たちからエドやん胸もませろよ~とセクハラ受けちゃうタイプ

当時の私は力士ブーム真っ盛りだったので、いつも,エドやんはいいな~、その体格だとガブリ寄りが得意そうで

横綱相撲取れるよな~と言ってました

ちなみにエドやんはアニメージュだかなんだかのハイファッション誌を読んでるトレンドリーダーなので

やめてくれよ~、ぼくはそういうの全く興味ないんだから!!と言ってました

 

ちなみに面倒見の良い私はエドやんの将来性を見込み、時津風部屋にスカウトのTEL入れる始末!迷惑この上ない!!

(今思えば時津風に入ってたら暴力暴力で大変)

 

そのエドやん、アニメ雑誌なんか読んでるから作文上手で当時構内では

東のジミヘン、西のエドやんと相撲番付のごとく両横綱と評されてました(当然東が上)

ちなみに小学校ジミ家というのもなかなか変わった方針の家で

いわゆる子供部屋に必須だった百科事典なんか一切なく我が家におる本はマルクス全集やレーニンといったそっちの本ばかり!!

 

当然新聞は赤旗!!

そんな感じで私も小学校の頃の作文は当然富の分配と資本主義です!!

そんな感じでエドやんは将来は谷崎先生のような純文学の旗手になって、幼女数人と暮らしちゃうんだろうな~と言われ

ジミヘンは昭和の文豪、団鬼六先生のようになるんだろうな~と期待されていました ははは

さてそんな名古屋の文壇をリードしてた我々が最も華々しく活躍する季節

卒業文集の話なのですが

完全にエドやんにやられました

 

エドやん=デブなので運動音痴、ついでに子だくさんなのでお母さんがおばあちゃんでありまして

そのエドやん一世一代の大傑作を書き上げやがった

題名はいつも真ん中マイペース!!

 

学年一の運動音痴エドやんのい年で一番の悩み、マラソン大会を描いた大傑作

その日もとってもブルーなエドやん そんなエドやんを年老いた母が見て、一番にならなくてもいいのよ、マイペースで頑張れば

と送り出し、エドやんは母の言葉を胸に集団の真ん中をマイペースで走り抜け最後は涙の感想と言う感動の大巨編!!

 

親御さんたちの間で大絶賛!!我が家の母も大絶賛ですが

エドやんじっさいは断トツのドンケツなんだよね~

話盛っちゃあかんよね~と言うことで卒業文集発表後、エドやん嘘つくなよ!!おまえべト(ドべ)じゃねーか!!とバッシングの嵐!!

唐田か東出かと言うくらいに!!

私??私は学生横綱として華々しく角界デビューし、

その後黄金の左と呼ばれる下手投げを武器に天才的な相撲勘で横綱に君臨

力士らしからぬリンカーンに乗ったり派手な私生活を振りまくも

引退後は浪費癖から破産してしまい(実際は妹の借金)

馬場さん率いる全日本プロレス入り、

天龍にガッチガッチで蹴られ、前田明も衝撃を受けるほどのガチな戦いを見せるも、数年で自信がなくなりましたと突如の引退!!

 

そんな波乱の横綱輪島を描いた、怒涛の漢、輪島大士物語をまさかの原稿用紙400枚!!で発表すよ

ただ当時はなぜ木村政彦は力道山をころさなかったのか、

新説佐山サトルといった渾身のスポーツルポが合評される以前だったので

残念な評価に 今だったらナンバーなんかで連載になってたのにな~

ちなみにエドやんとは中学でクラスが変わったのでそれ以来疎遠になって全く何やってるか知らないっすね~

力士になったか、もしかしたら一代年寄もらったかもですし

平成を代表する大作家かもですし

 

ま、たぶんですが、アニメオタクな引きこもりニートか

アイドルオタで休みのたびに握手会に行ってることでしょう(コロナ真っ盛りでも)

 

 

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