久々の続編です。では当たらない(あたるメカニズムではない)
六〇占術でなぜ森健さんが株で大もうけしたかと言うと
そういう運命だったからです。
別にこの占いをやろうがやらないだろうが儲ける運命だったのです。
まあ儲けるためにこの占いに出会うようになっていたと言うかね。
ですので他のかたがこの占いで儲けれるかと言うと無理ですね。
占いって基本統計学なんだが統計学として半端と言うか
半端以前なんです。
ここではっきり断言します。
(これは占い師の根本に関わるので正直タブーだし、
それ以前に知らずに占い師してる方が大半なので手に負えませんが。)
占いは統計学なんです。
ですので姓名判断や産まれた日時なんかを使う
(まあ星回りも)占いは体系化されているし理屈も出来ているので
あたらずしも遠からずである程度は良しなのですが、
場を取る占い(易やコインを振ったり系)
は占いとして当たるわけないです。
第一場なんて取れるわけないです。
振ったり抜いたりするクライアント自体素人だし
アクセスする場自体ちゃんと意識できてないでしょ?
しかも占い師だってその場(時空なのか時間軸なのか知らないが)
について本当はよく知らないじゃん。
というか人類自体が知ることの出来ない領域でしょ?
そこに本当にちゃんとアクセスなんか出来るわけないんです。
羅針盤も地図も持たずに大航海時代の人が宇宙を目指そうとする以上に
無謀です。そんなの普通に考えたって無理でしょ?
100歩譲ってどこかにアクセスできたとしてもそれが当初の場所
かなんか?だし普通に考えてたどり着けるはずないでしょ?
しかも時空はみんなに開かれた場所ではないんです。
だってどんな場所か等知らないですし知る手段知らないでしょ?
そういう場所は禁足地と一緒で開かれてない場所なんです。
じゃ易なんかは絶対当たらないかと聞かれれば占いとして行う限り
当たらないです。
ただ大霊能者高島さんのように霊視、と言うか霊能があって
霊視の手段の一つとして使うなら当たる可能性はある。
霊能の道具の一つとしてならです。
私自身易はやらないしよく知りませんが
(実は多少断易をかじった以前のレベルですが。
うち陰陽の家系だから断易に近いものを子供の頃から見てるので)。
その現場やらの実感は結局易で情報を得るのでなく、
易はただの意識をうまく乗せる(向ける)ための手段だと言うこと。
別に瞑想でもなんでもよいのだが道具(コイン占いならコインね
)を使うほうが手っ取り早く意識を向けれるからなんです。
昔祖母に聞いたことがあるのだが(祖母は陰陽の家系の人ね)
占いをしてるとき出た卦と全然違う内容を答えていたので聞くと
別に卦で判断でなく答えは霊視しているのだが
卦はその状態に入るためのただの手段であり
お客さんにこういう卦がでたからこうなんだと納得させるための商売道具、
と言ってって納得したことがあります。
それにもっと大事なこと占うとき(村全体のことやら。
豊作かどうかやいつむらの神社の神様の意向等)は
易なんか使わずにもっと手順や準備の込んだものをするわけだしね。
(ようはお供えものたくさんしたり神祭りしたりした上での米占い等)。
正直それは私自身見る機会はないが、霊視すると(うちの先祖をね。
血がつながってるだけに
霊視メッチャしやすいというか教えてくれます)。
祭壇作ってお供えたくさんして3日くらいかけて
村人たちと神様祭ってその上で米占いしてます。
占うときは先祖も村の人も完璧トランス状態です。
(神と呼ばれる意識体にアクセスしやすい状態)。
昔(いつまでかをかくとまずいですし
具体的なものも書くとまずいですね)はその状態を作るために
やはりある種の幻覚作用を持つもの(植物ですね)を使っていたそうです。
と言うかそりゃあつかってたでしょ。
ようは易とかって簡易的にその状態に近い状態に
意識を飛ばす道具であって町の占い師はそこまで
知らないし意識してないでしょ?
そりゃあ当たりませんし、当たる易者さんって基本霊能
(本人が無自覚の可能性あり)がないと無理です。
次回はでは当たる占い師さん、霊能者の見分け方についてです。
過去記事ですが 我ながら怖いこと書いてます
今は成長したので 少し考え違いますが
根本の易の考えは似たようなものです
ははは