本日は久々にババーンと降って来たので、久々の歴史リーディングになります
本日の主役は種苗法改正案反対で私的にはかなり評価が低い柴咲コウさん演じる女城主直虎の旦那さん
井伊の赤備えで有名な井伊直政さんDEATH
どんな方かをざっくり説明すると徳川家康公に最も信頼を受け彦根城を作った武将
井伊家自体も江戸期を通じて大老を最も多く出した家の藩祖
この方、世間的には部名が高い武田の赤備えを継承して、なおかつ本人自体も井伊の赤鬼と恐れられるほどの猛将!!と思われておりますが
私的には実は戦上手でもないし、本人自体も強くないのですね~
本人自体の武力はとっても弱い!!
能力的には内政や外交がとっても得意で主君に忠実な石田三成公に近いと感じます
実はこの方、武功ってほとんどないのです
特に若いころはほとんど戦に出陣せずに主に外交面で活躍してるのです
ちなみに家康配下の有名武将である本多忠勝さんの生涯合戦出場数は
35回、酒井さん、榊原さんという4天王も24,5回
たいして井伊さんは9回なのです
風貌はと~っても線の細いイケメン
戦国期を代表するイケメンと言えば花の慶次の盟友直江兼続
若いころは傾奇者の槍の又左こと前田利家
親父が正宗公の飛びだした目玉をくりぬいた片倉小十郎あたりが有名ですが
当時のイケメンの基準は偉丈夫で立派な顔つき
いわゆる昭和の俳優さん的な男くさいのがイケメンの基準
(現在だと坂口ジュニアや長瀬君的というよりもイケメンレスラー的)
対する直政さんは韓流はびこる平成後半~令和的な線の細い女性的な顔つきの現代的イケメン
ある意味HYDEさん的ともいえるかも
ちなみにパパさんが殺されて、子供のころは鳳来寺さんで小僧さんをしていましたが
家康公が美少年小僧虎松(直政)さんを一目で気に入り家臣にしたという
お話は有名ですが私も史実だと思います
其の後は家康公の寵童として(いわゆる衆道のお相手)家康公のお気に入りとなり取り立てられていくのであった
ちなみに戦国期の衆道のお相手というのは新宿辺りでキャッチやってるお顔がいいだけの馬鹿ホストでは務まらず
利家公のようにイケメンでなおかつ武にひいでているとか
とっても頭の回転が早くいまでいう優秀な秘書能力を持っていないとなかなか務まらないのです
天下人となった信長公が諸将の前で前田利家にたいして
若いころはよく相手をしたもんだな~と言葉をかけると、諸将たちは
前田殿はなんと名誉なことを!!と口々に言っちゃうくらいにとっても名誉なことでもあったのです
なので若いころの直政さんは森蘭丸と石田三成を足したような人物だったと感じます
ちなみに家康公が死後東照大権現として日光や久能山をはじめとする
全国各地に東照宮が建てられましたが
家康と直政の出会いの場、鳳来寺山にも立派な東照宮が建てられているのです
表向きには三代将軍家光が、子のできなかった家康パパ夫妻が鳳来寺さんのお寺で子宝祈願したら家康公が生まれたことにちなんで建てたということになっておりますが
私の感覚では晩年の家康公が、直政との思い出の地、鳳来寺さんにも東照宮を建てよ!!と命じていた気がとってもするのです
創建は死後30年ほど経っておりますが
ちなみに私のふるさと愛知県では
鳳来寺さんの東照宮(愛知県の東三河の山奥)は風水的呪術として
霊的レイラインを展開が作るために作られたと昔から言われております
日光、久能山、鳳来寺山を結ぶと三角形になるという理由から
私的にはそういう意図はあったのかもしれないけど、三点を結べばどこでも
三角になるじゃん!!この手のレイラインって案外無理くり説も多いよな~というのが本音ではあります
ははは
次回は直政公の実像についてリーディングになります