呪詛返しの記事を書いたら、やはり呪詛反しをお願いします~という問い合わせが何人も来た
ついでに知人友人からも来た
ははは
当然の如くやらないです!!
この手のものってお互いに信頼関係が構築されていない間柄では
行わない方が絶対いい!!
そしてもひとつ勘違いされてるのが、呪詛返しと言うものは
相手を特定したり、どのような結果になるということを決めない方がいいということなのです
大抵の人って、なんだか調子が悪くなって、
職場の自分を嫌ってるであろう相手が念を送ってきてる、
その念が強力で呪詛になったから調子が悪くなったという
勝手な思い込み方程式をお持ち
それって呪詛返し云々ではとてもよくない
あくまでもそれはあなたの仮定に過ぎないのです
この仕事をしてると、霊能者の○○さんから、あなたは○○がついてるから病気になった
何代前の先祖の障りがと言われてるから、供養をしてくれ~
そんな原因と方法まで指定してくる人が結構いる
当然却下なのですが!!
それはあくまで、霊能者の○○さんの見立て
もっと言えば霊能者さんの中ではと言うものであって
私の見立てではないのです 人の見立てに乗っかるのって実は結構危険
霊能の世界と言うものは、原因と言うものってあくまでも仮定なのです
私にとっては、○○さんにとってはと言う原因であって、それが本当かどうかはあくまでも別
立証なんかできっこないものですから
ただ其の仮定と言うものにアプローチすると、効果が出るという場合があるのもまた事実(ない場合もある)
その場合、やはりお互いの信頼関係がとても大事ですし
クライアントが、仮定の原因を信じない場合はやはり効果はかなり落ちる
なので、こちらが、こういう原因じゃないっすかね~といくら言っても
○○さんはこう言いました~と言うお相手は手を出さない方が無難なのです
ちなみに仮定のお話ですが
昔はよくあった狐憑きのような憑き物
憑き物が原因でおかしくなっちゃうというもの
今の医学で判断すれば、統合失調症的なものが結構あったと思うのです
統合失調症は正直憑き物落しでは治らないと思うのですが
昔は憑き物落しでこの手のものが治ったり改善したというお話はそこら中に残ってた
その辺りって結局仮定へのアプローチと言うものが
当時の社会状況や文化なんかで信じられていたからと言うのも大いに関係するのです
さて呪詛返し
相手を特定と言うことは、結局仮定でしかないんですよね
クライアントの中では○○さんが私に念を飛ばしている
そんな構図であって、○○さんが現実として念を飛ばしてるかと言うのは分からない
もしかしたら、クライアントさん以上に嫌ってる相手がいて
そちらに飛ばしてる可能性だって十分あるし
確かにクライアントさんをいびってるかもしれないけど
あくまでいびってるどまりで、病気になれ~離職しろ~とまでは
思ってない可能性も十分にある
そんな状況で呪詛返しなんかしたら、返すではなく、あんたが呪詛してる状況になりますよ~なのです
人を呪えば穴二つの言葉じゃないけど
やっぱ呪詛なんかしたらどえらい業になっちゃう
直接分かりやすく本人の業になる場合もあればならない場合もある
何十年後かに病気や事故にあっちゃうかもですし
子孫や親兄弟に行っちゃう場合もあれば、来世に行く場合もある
(かもしれない)
なので、原因を特定してピンポイントと言うのはかなり危険
もひとつが相手がこうなってほしいという結果まできめてということ
これもとっても危険
病気になれ~云々という結果って結局あなたが望む結果の程度なんです
こんなことされたからああなれ~という
私なんかの感覚でいえば、この手の霊や術の世界、神仏が介在する方の世界のジャッジと言うのは
結局人間がすべきではないと思うのです
こんな目にあったからこんな罰を受けろという罰の内容、重さと言うのは結局神仏にお任せするというのがとても大事
こちらが罰を決めてしまえば、内容や重さが見合わない場合が多々ある
大抵は感情と言うものが介在しちゃうから
それはとても業になっちゃう 必要以上の罰云々を飛ばすというのも
ある意味呪詛ですもん
その辺りのジャッジと言うものまで神仏にお任せ
この姿勢がない人は呪詛返し云々はすべきではない人なのです
感情にまかせちゃう人が行う呪詛ほど厄介なものはないです
いわゆる呪詛を請け負う方々なんかも、この辺りの認識ってほぼほぼないので、
色んな意味で大変だろうな~
その手の方に呪詛を依頼する人も、大変になるだろうな~と思うのです