中国のある偉大な指導者や有名な王のお墓の画像をみていたら
ある声が聞こえた
(実は私の趣味の一つに偉人たちのお墓巡りというものがあるのです
海外は当然画像検索)
国民(この場合は人民の方がしっくりくるかも)は馬鹿のままが良い
馬鹿な国民を一部の優秀な官吏が管理するのが良い
多くの国民は教育よりも、屈強な肉体で屈強な兵士とするのがよい
そんな感じの国の統治方法が聞こえた
ああ~なるほど、中国らしいな~と思う
多くの人民の中から選りすぐったものだけに、どえらい高度な教育を受けさせ、一部の優秀なものたちが国をリード
あれだけ広大な国家であれば現実的なのかも
最近左翼老人という本を読んでますが、本の内容とは少し離れた
ある解釈を持ったのです
人間、教育水準が高ければ、やはり様々な思想を持ち
体制に不満を持つ その持ち方がいわゆるイデオロギー闘争に発展していき
左派の活動的になっていく そして彼らが草の根で無知な国民を
反権力として洗脳していく
古今の東西を問わず、世界の市民革命ってそんな形が主流
そこに反権力の大きな勢力が資金提供を行う
フランス革命にしてもそうですし、現在の東欧諸国なんかの革命なんかも同じく(かのジョージソロスの如く)
逆に日本のように国土も国民の数も資源も少ないお国は
国民総教育で、国民一人当たりの生産性をあげていく方法があっていたのでしょうな~
中々国の統治って難しいもんです
その日本の太平洋戦争時に日本の軍国主義を作ったとされる人物の一人のお墓をのぞいたときにふと聞こえた声
今の民主主義を見ていると、戦時下の軍国主義が正しかったかどうかが
分からない
ただ戦争という狂気の世界では、軍国主義にならなければ敗戦国として
国家が滅亡してしまう
あの戦争を回避できたかというと、時代の空気や世界の流れからして
回避は出来なかった
戦争という狂気は人も国家も狂わせてしまうなにか大きな存在からの
意志や力の介入を今となってはとても感じる
そんなことが降りてきたんですね~
太平洋戦争の戦争責任と考えると、実は幕末に黒船がやってキタ!!
その時から因縁の歯車が回りだしていたのかもしれない
いわゆる世界の産業革命というものが起こった瞬間から
スイッチがオンになっており
戦争の首謀者も、犠牲になった方々も戦争という舞台の
演者として好む好まざるにかかわらず上がらされていたんだと思うのです
最初に書いた中国の統治法云々にしても
時の権力者の発案というよりも、もっと大きな力を持った存在の
意思なのかもしれないですね
我々個人の意思や決定権というもののもっと上には
もっと大きな存在の意思があるのかもですね
さてレポ