そういえば子供の頃に親戚の爺さん(神社の宮司ね)が言ってたことを思い出しまして。
結果ってあるじゃん?
神社は張ってあるじゃん?
で祭りになると村の神輿が通るとこもなんか白い紙(名前忘れた)ぶら下げてはるじゃんね。
あれとかなんだけど結界張る=魔や念やら負のものを入れない、と普通は思うじゃん?
でも実際は負だけ進入させないことは不可能でこっちの都合の良いもの(運とか)
もは入れないんだって。
ただ神社の場合中の神様が元々大いなる光を放ってるからその光を何物にも邪魔されないように(ようは祓い)すれば本来の光が増す、ってことで外からの何かは必要ない。
ただ神の光って祈りによってのみ増すから祈る人は結界の中から祈るわけじゃん。
って感じのこと言ってって。
(ま、子供の頃のことだけにかなり記憶はあいまい且つかなり自分の脚色あり)。
それって人間も同じで。ようは外からの刺激でなく本来の自分の光を大きくして照らせってことね。で光は慈愛で大きくなるっていうね。
でこっからが本題。前にも書いたがうちってお寺さんと縁深いのです。
で子供の頃祖母とうちの田舎の各家々(というほど多くないが)
に結界を張りに行ってたのです。
(ま、張るのは祖母で私は手を引かれその家でテレビ見たりおやつもらったり)。
でその後はお寺さんから報告が来てて。(昔はお寺さんは村の情報通)。
その情報だと結界張ったいえでもその後の家運の差が大きいと。
幸運の家もあれば不運も。
子供の頃はフーンって感じで何も感じずに終わってたが今考えるとかなり興味深い。
私なりの解釈だと、結界張ることでその家に魔も幸運も入れなくなって、
先祖供養や神祭り、また陰徳を積んでたりの家系の輝きを増すようなことをすれば
埃がない分光が増す、
逆に何もしないと入ってくるべきラッキーも入ってこない、となるんだろうな。
なんてね。
上記の話もだが昨日仕事で中華街に行ってで中国の開運グッズやら風水グッズ見てて思ったのです。
基本濃いじゃん?色もエネルギーも。透明感ないじゃん?
特に魔よけ関係って良いも悪いも入れないな、と。
多分中国式って魔よけと幸運呼ぶものを同時に置くんじゃないかな?
陰陽のバランスで。
ま、そのあたりは国民性や風土、慣習の違いがあて一概には言えないが。
日本人の感覚だと魔よけには避けるものと避けないものの見分けなんてつかない気がね。
中華街のある店舗で手相占いやってって其処の一人の女性の占い師、見た瞬間ピンと
来ました。実は占い師でピンと来る人あんまいないのだが。
実は過去記事ですが ははは 結界魔除けは魔も福もシャットアウト!!
正直今の感覚だとわかんないです はい
どうですかね?ここばっかはなんとも
ただ陰陽的な結界の発想って 全部ふさいじゃうと元からいた魔がそのまま
出口がないので 出口をどこか空けるという発想はあります
戊辰戦争時の上野戦争方式といいますか ははは