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宗教と信仰

とある宗教を脱退するか悩んでる方の相談うけて。
教義の矛盾が凄く気になって疑問を持ってるそうで。

で私言ったのが教義の矛盾で疑問ってま、いいけどどんな立派な教義も
はたまた科学の最先端の理論も絶対どっかで矛盾ってあるじゃん。
完璧なものなんかないじゃんってね。

ほら、理論やら教義って結局結果やげんしょうやらをみての後追いじゃん。
こうなってるのは多分こうだからって。
そりゃ矛盾あるって。私の言ってる事は矛盾だらけで。

なので矛盾で疑問も大事だけど

そんなにきにしなくてもって。


常識的な範囲ならOKで。

大事なのは枝葉の矛盾じゃなくて大元がいいこと言ってるかどうかでねって。
おおらかに考えればって。

でもっと大事なのは教義とか神様ごとにかこつけて現実生活が

おろそかになる宗教は駄目だよねって。

ほら、お布施とか浄財とかいって凄く寄付させて信者さんの生活圧迫って普通に考えて
おかしいじゃん。
お金汚いみたいに教えて浄財とかってのも。

お金大事じゃん。神の知恵じゃん。

お金そのものに色はないわけ。本とは空で
使う人の意識やら稼ぎ方で色んな色が作ってだけじゃんね。

それをお金は汚いって教えるのは駄目じゃん。

教えるならあくどく稼ぐことが汚いってことで。

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教義もそういう普通に考えてむじゅんなら疑問持つべきね。

とか宗教活動にはまって仕事がおろそかとか。

そうすると回りにすればそんなのして偉そうなこといってるならとっとと働けって。

ようは目の前のやるべきことを優先せずに

神様ごとさせるのは駄目だよねって。
神様よりも目の前の現実のが大事なわけ。

もっと言うと目の前の現実(仕事なんかも)ってあんたが運んだってより神様が運んできたものかもなわけ。
だったらその目の前を最優先するのが大事でしょ?

ま、そんな視点で考えたら?って言ったらまた悩んでたがそれも大事。
盲目的に誰かが言ったからやめるとかってどうせまた違うものにはまるじゃん
多分
まず判断基準って言うのをちゃんと持って

(一番大事、定規がなきゃはかレンじゃん)
じぶんで判断なんです

いいこと書くなあ、われながらって誰もほめてくれないからちょっと自分でね

と数年前の過去記事でして 今だともうちょっと違うこと言うかもしれん ははは

賢くなったので

さて私の中で信仰と宗教って似てるようで案外別といいますか

信仰って大事じゃん 教義も大事じゃん 戒律も大事じゃんと思っています

宗教も大事です はい

うまく言えませんが信仰の対象ってなにか

そこ大事かも

神仏なのかはたまた宗祖なのか

宗祖も弘法様や伝教大師、日蓮さんのように

昔の方で今では 仏様のようなあがめられかたされてる方なのか

もしくは霊能者さんのようにその方自身なのか

はたまた教義なのか まあよくわからんです はい

結局辞める云々って 第三者が決めるものではないですから

本人の気持ち次第で 信仰ってそういうものじゃん

例えば家族や恋人が明らかに騙されてる そういう場合は別ですが そうでない場合はね

どこが良くてどこがダメというのではなくですかね

ただ得度者ではない普通の1信者さんが普通に社会生活おくれなくなるのは

どうかと思いますが それもそこの戒律であれば仕方ない

だって信者さんは戒律まもらにゃですからね~

おかしいと思ったらやめるしかないんかなと

ま、宗教の問題は難しそうなので パスということで

コメント

  1. 猫のチャイ より:

    ドクターショッピングと一緒で宗教を渡り歩く人、知り合いの知り合い程度の距離の人にもいましたが、依存心が強いけど、よっかからせてくれる人がいないから宗教によっかかってる感じでした。
    何物にも依存せず自分で歩いていくための指標を得られるのが信仰じゃないのかなぁと思いつつ、つくづく他人でよかったと、その人を見ていました。

  2. たんぽぽ より:

    困窮者支援の相談員してます。『困窮者あるある』で とある宗教団体の信者さんが突出してたりして。「えっ!また○○○○!(←宗教団体名)の人!?」の日々です。宗教団体さんに救ってもらったらどうかな…とも思いますが 悪しきことは功徳が足りないという教義だそうで、困窮部分は公共事業がお手伝いさせていただいてます。無理してお布施をしなくても…と思うのですが
    矛盾を感じてた所にタイムリーなお話が。
    興味深く拝見しました。

  3. ruke より:

    戦後の国からの支援の手が弱かった頃,
    国の保護が行き届かない層,政党の信条による弱者救済からももれた層,
    の,セーフティーネット役として成長した時期があったそうですから,
    元々,比率が高いのも一因ではありそうで.

    キリスト教も草創期は同様にして大きくなって,数千年かけて唯一絶対の存在に恥じない教義・団体たらんと錬り上げて今がある訳ですから,
    あちらも2000年後くらいには,この矛盾が和らいでいるかもですね.

  4. KEIKO より:

    貧乏で 身よりもいなく 友達もいない いないというよりうまく他人と関われない。
    病気がちで働けない 生活保護で ぎりぎりの生活。

    そりゃあ 口のうまい団体の幹部に くどかれたら 入信するかもな~

    人って 何かしらに頼りたい気持ちって あるよね。
    依存心というのか。

    それが 異性だったり 親だったり 友達だったり 物質的なものだったり (お金とか 家とか 服飾品 薬物とか)あと 地位 名声 権力だったり。
    そして 神仏だったり 天使だったり。

    んで 仏教かキリスト教か 新興宗教か

    または今流行の 講演会 勉強会盛んにやってるスピおばさんか?

    何かしらに頼りたい 頼っていたい。

    現実の世界で 他人に裏切られてばかりとか
    不運続きだと そっちに気持ち向いて行っちゃう人もいるし。

    ほんと 信仰も個人でやるのも どこかの団体 組織でやるのも どちらもありかな~

    わたしは 個人での信仰です。
    昔ながらの 自分の住んでる神社に毎月手を合わせ
    ご先祖さまに 朝夕 手を合わせるだけですが。
    あと 神棚に土地の氏神様置いてるだけ。
    見方によっては これも神仏への頼る気持ちの表れと 思われるでしょう。

    不運続き 病気がちは ただたんに 現実的に
    ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
    生き方が下手
    無知で世間知らず
    勉強不足
    知恵と努力
    不摂生な生活態度
    でたらめな食生活など

    だったとしたら
    神仏うんぬん 信仰うんぬんの依然の問題として考えて改善しないと~ですが 違う方向へ行ってしまい いつまでも状況から抜け出せないとか

    宗教がらみは ほんと面倒ですね。
    長くなるので。

  5. ジミヘン より:

    宗教も苦しみ、貧困から逃れたい、救われたいからの信仰と
    教えが好きになっての信仰と入り口ってありますからね

    どっちが良いとかではなく 多分どちらも宗教の役割でしょうな
    ただ前者って中々救われない場合も多そうな気が

    現実を自分で頑張って且つ教えにゆだねるというバランスが
    教えにゆだねるばかりに重きをに行きがちかもですね

    ま、分かりませんが どこが良くてどこが悪いという話じゃないですよ
    ちなみにね

  6. (^^) より:

    宗教と同じで、何かを盲信している方々って、痛い想いをしてきたからか、大抵被害妄想が強くないですか?
    被害妄想ゆえに、人の話を受け入れることができず、逆にナイフのように言葉を返すなあって、
    最近経験しました(^^;

    ジミヘンさんがよく書いてますが、
    神様の一部は、怨みをもった人をなだめて祭り上げた方。
    これほんとに日本の生み出したうまい方法だなあって。
    そういう人も、同じ方法だとこちらの話を聞いてくれるんでしょうね。

    私はできないので
    逆に触らぬ神に祟りなし。

    ジミヘンさんってすごいな、ってつくづく思います。

  7. ジミヘン より:

    妄信と熱心に信仰の境目もまたむづかしく
    それこそ妄信くらいに信仰しないとなかなかねという場合もありますし

    なので結局は入り口の何を信仰するか
    そこがすべてになっちゃう気がします