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コーチと師匠とスコアラーと経験則

さて師匠とコーチ といいますか弟子のお話

コーチと弟子 この場合ってどうしても越えられないものがあるじゃないですか?

筋肉の質や反射神経といった生まれ持ってのフィジカルの壁

基本コーチ=スポーツ界だったりなので

例えば誰よりもセンスの塊だった桑田さん この方フィジカルの壁を

超えれたか?というと微妙

輝かしい記録ですが ただこの方よりセンスはなくても

フィジカルで大記録達成した方たちって結構いるじゃないですか?

清原なんかもHRの本数でいえば桑田の勝利数よりもですし

では桑田が野球でなく 師弟関係のものをしていたら?

例えば僧侶や古武術なんか

なんとなく凄いものになりそうな予感がしません?

師弟の場合ってフィジカルよりも他のものが大事といいますか

多分

それってですね 修行というものである程度超えれる気がするのです

持って生まれた才能というもの以上に

フィジカル的才能って限界あるじゃないですか?

フィジカル的じゃない才能って結構磨けばという気が

でですね 最近思うに

修行というものに対する意識の仕方で凄く差がつくんだろうなと

たとえばベストキッドなんかの 車の洗車

あれも おお、これは防御の型だなと気づいたから使えたわけじゃん

といいますか

お掃除なんかでもですね 単に隅々まできれいにしましたよ

でもいいですが

その先を感じる 自分で勝手に想像するのが大事ではと?

たとえば お師匠さんはここのとこを凄くこだわる人だから

ココは入念にとか

こういうとこ見るんだろうな~とか

はたまたここにいつも座るなら このあたり作業しやすいように整理して

且つ この状態がものを探しやすいのだろうから

なるたけ配置はいじらずにとかですね そうやって意識するのです 多分

実際そこまで皆さんのお師匠さんなんかも気にしないかもですが

気にするかどうか大事なのは 師匠ではなく自分なんですね

多分修行の最初の段階ってそうやって 気を回す能力

察知する能力 それが大事で

そこを何も考えずただ作業でやっていってはダメなんだろうなと

多分それを磨いて行かないと

次の段階の 実践的な教えに移った時に

その表面のことしか受取ろうとしないのでしょう

その裏側や行間が多分すごく大事なのでしょう

そこがわかるわからないは 置いといて

だいじなのはその段階で理解できなくても

そこに意識を向けることが大事なんだろうな~と思ったりなのです

これですね コンサルしてる時の経営者の資質でも思いますもん

イチバイトのころから 今日売り上げなかったね~で終わる人って

経営の資質ないもん

やっぱなんで売れなかったのか 今の段階でわかるわからないは置いといて

探ろうとする人が向いてますから

曜日なのか天候なのか 商品の発売日云々なのか売り場なのか

でそれをある一定のスパンでデータとして作っていくのが大事で

そうすると見えてくるじゃん? 結局ですね

そういう実践の中の

積み重ねがない限り コンサルって微妙だな~と

例えば実践はないけど 机上のデータが優れてる方いるじゃん?

それって野球で言えば優れたスコアラーであっても

優れた選手にはなれないのです

優れた選手って データはデータとして活用するけど

実際に使うのって それは副次的で

自分の中で積み上げたデータであったり経験則じゃん

どっち優先って後者でしょ?

経営なんかも同じで はい

個人的に面白いお話なので コーチと師匠とデータ 続きます

コメント

  1. 猫のチャイ より:

    お師匠さんはここにこだわるから、が更にお師匠さんがなぜそこにこだわるのか、を考えて掃除すると尚良しですよね。

    師弟の修行の世界でも、意識を向けるという点のセンスは必要かなぁと思います。
    RPGでいうところの、戦士属性か僧侶属性かの素質の違いといいましょうか。
    例えば清原氏が僧侶や古武術の世界で大成するかといえば、どうなんでしょう。
    「やれって言ったから1000回やりました。なのに何故だめなんですか!」って、清原氏なら何年経っても言いそうな気が。というか何年も持たない気が。
    若い頃の長嶋さんがもし延暦寺とかに数年いたら、どんな人物になっていたんだろうとは興味が湧きますが。
    現ダライ・ラマのような僧になったのか、夜中に逃げ出してばかりだったのか…。(笑)