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強制占い師はあんま好きでは無いかもね の巻

私自身も気を付けねばと思ったのが

洗脳とアドバイスね。そこの境界線


ほら、政界やらでも背後に霊能者の先生付いたりするじゃん。

最近話題の安部さんとかも

普通のひとでも占い師のアドバイス聞いたりするじゃん。

霊能者やらのアドバイスで幸福になった人と

不幸になった人っているじゃん

でアドバイすが強制的になればなるほどね(それこそ洗脳)。


霊能者だって基本不幸にしようと思ってないでしょ?


みんな幸せにと思う人が多いじゃん。


良かれと思って。

でもこの結果。おかしくない?


と思ったことない?

そこで今日ばばばっときたのが、悪魔というか魔の世界のものなんです。


格好は色々で。蛇だったり悪魔というか、サタンや黒龍や悪い人やら。

強制的だったり霊能者のアドバイスの繋がってる先がそっちなわけ。

相手を自分の思い通りにコントロールしようとしたり

必要以上に大きく見せようとする方って

多分 なんとなく
人間でメッチャ大事な自分で決める、

選択するということを
他人がしてしまうのってろくなことがない。

最悪の行為じゃんって。
同じ失敗の選択でも自分が決めたのと

他人が決めたのは行き先大きく変わる気が


自分の選択だと目先では失敗に見えても

長い目で見ると実は失敗じゃなかったと
他人にまかせるとそうならんね。そっから先がまた悪くなる。

多分責任転嫁という意識も関係する気も

その選択を強制させちゃう霊能者とかって

やっぱ魔にそそのかされてる感も
魔って自己顕示とか大好きなわけ。他人を意のままに操ったり。

でも肉体ないじゃん。

肉体ないものってこの世の実行力がないから肉体のある
繋がりやすい、操りやすい人物を操っちゃうわけ。

良い占い師ってたぶんあくまでもアドバイスで

あんま強制はしないかもと思ったり

さてレポ


主人にも既成ブレス渡しました。主人は幽霊や占い、

スピ系、全く信用しない人です。

ここ最近、二日おきにバファリンをのんでたらしいです。

元々、偏頭痛持ちですが、

そんなに飲んでるとは私も知りませんでした。

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それが、ブレス付けて1週間、頭痛薬飲んでないとか、

本人も驚いてました。

休みの日に飲むぐらいで、ガクッと減ったみたいで、

主人が、血行が良くなるぐらいしか考えられない、

いったいこれは何なんだと不思議がっておりますが、

効果があるということは、あまりよろしくないものが、

引っ付きやすいと言うことですよね?

人の念ですか?旦那には効果てきめんなので、

何なのか気になります。
主人の代わりにありがとうございます。感謝してます

まあ 男の方って結構この手のもの信用しない

まともな方多いですから

なんかついてたかはですね お会いしてないのでさっぱりわからんです

ただ楽になったのは

何かしらが取れたからと思います

まあ 念やら霊やら取れるように組んでますから ははは

案外原因不明の慢性的なものって そっちの影響多いと

思ってます

ま、あくまでこの方には効果があったというだけで

当然全くない方もたくさんいます

医学や科学ではないので

万人に同じ効果が出るというものではないので

悪しからず

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コメント

  1. 匿名 より:

    占い師を信じ込んでいる知人がいるのですが、神社などはわかるんです。

    でも、この本が良い、この芸能人が良い、と言われると、
    それまでファンでもなんでもないのに、ファンになってるのを見て
    「○○さん(←占い師名)が薦めたのでファンになりました!」
    と言う方が居て…
    どうもそれはおかしいんじゃないかな、って思うんです。
    と言うかドン引きしちゃうんですが…

    そういう方って、その占い師がこの人とつきあっちゃダメ!って言うと
    完全に拒否しちゃうんです。

    そういう私も拒否された人なんですが…汗

    だから書くのではないんですけど…

    自己顕示欲の方って、大抵「私は運が良い」って言うんですけど、
    それも魔なんでしょうか?
    上げて上げて落とすのかしら?

    わかりやすいこれはダメだという人も居れば
    口だけは達者な分かりにくい人も居るんですよねー…
    人を見る目ですか。

    • 匿名 より:

      途中で送ってしまいました。

      そこまで来ると依存ですか…
      何を決めるのにも占い師の言葉がないと決められない。
      占い師にとっては毎月へたすりゃ毎週来てくれる良いお客ですけど。
      そんなの、双方に良くないと思うんですが…本人たちが幸せならいいのかなあ…。

      一種の宗教に思えてなりません。

  2. ジミヘン より:

    私思うのですが みなさん 占い師や霊能者に幻想抱きすぎで
    そんな普通の人と大差ないって いうこと信じて絶対良くなる
    なんて占い師なんていないですって 妄信しすぎ
    人間ってしょせん人間で 神様じゃないですもん

    しょせん人間の枠の中のものでして
    人間の枠のものの中で 完璧なんてものないですって
    あくまでも参考資料の一つで というスタンスにしときましょ

    占い妄信の方で幸せな方 ただの一人も見たことないです
    ろくなことになってない方ばっかです

  3. 翠榎 より:

    全体の雰囲気、なりを見れば分かりますよね。特に目。
    あと「ゾクゾク感」です。

  4. 翠榎 より:

    >人間ってしょせん人間で 神様じゃないですもん

    だから私は「内在神」という言葉、好きではないのです。

    人間は神の分け御魂ですので、確かに「神なる部分」はあります。
    しかし、同時に、「魔なる部分」「闇なる部分」というのも併せ持っています。

    だから「自分は内なる神に従ってるから大丈夫」などと思っていたら、思わぬ落とし穴に引っかかります。

    もちろん、それが出来る強い方もおられますが、
    少なくとも自分はそんなに強くはありません。

    精神的に満ち足りている時は大丈夫ですが、人間、必ず、調子が落ち込む時がある。

    そこを魔や良くない霊的存在たちというのは狙って衝いて(憑いて)きます。

    だから、その「転ばぬ先の杖」として、先人が古来から連綿と紡ぎ、継承してきてくださった、キリスト教、仏教、神道などの伝統宗教が力になってくれるんです。

    調子が落ちて、自分でもいまの自分のやっていることが、正しいのか間違っているのかわけが分からなくなっている時、
    遠慮なく、古くから続いている神社や教会に行って神仏様におすがりすればよいのです。

    これらの伝統宗教は、
    私たちが魔道に導かれないための「保険」になってくれます。

    カルトやスピやチャネリングや、ここ50年100年の新興宗教、とはそこが決定的に違うところです。

    何故なら、キリスト教や仏教や神道などの伝統宗教は、千年、二千年といった長い時間に渡って、霊的修行を積み重ねてきています。

    その千年、二千年の霊的修行の中で、当然、「魔」や「悪霊」とも数え切れないぐらい遭遇して来ています。

    遭遇して来ている、
    ということは、魔の見分け方、そしてその対処法もすでにとっくにその修行体系の中に兼ね備えている、
    ということです。

    私は、自分軸のしっかりしていない弱い人間ですので、これまでなんども「魔」の誘いの方にいざなわれそうになった危ない局面になった時、そのたびに神社や教会で祈りを捧げ、神様に「軌道修正」していただき、助けられてきました。

    せっかく先人がたが残してくれた「安心保証」があるのに、これを「有効利用」しないなんて、なんてもったいないことでしょう。

  5. ジミヘン より:

    実は私もですね 自分の内なる神だけでは弱い気がしてたのです
    内なる神=良心として 人間悪いことするときも 良心って聞こえるじゃん
    本当はダメだとわかっていてもって

    そこでやめれる人っておっしゃる通り心の強い人で
    状況にもよりますが 追い詰められた場合って本当に心強くないと

    逆に普通の人は 外からの何かがないとそこで止められない現実も

    それが社会的罰であったり 宗教的な罰であったり 地獄に落ちるという世界観であったり
    実は宗教的世界観って 犯罪や自殺防止のための方便でもあったと思うのです
    今でも自殺したら成仏できずに苦しむ その世界観で思いとどまる方
    結構いると思うのです(逆にそこに付け込む悪徳もですが)

    科学教の発達してない頃は今よりももっと その世界観って効果あったと思うのです
    もしかして本当に成仏できないのかもしれないですし

    そこは私正直分かんないです はい

    私人を見るときですね 一部で判断しないですね~ 全体で判断します
    ぞくぞくかん これありますね~

    人間も動物の名残があって 悪寒がする いや~なぞくぞく感 これって正しい本能だと思ってます

  6. 翠榎 より:

    結局、いつかのテーマになったチャンネル(周波数)の話になると思うんです。

    神なるチャンネルも、魔なるチャンネルも、どちらも常に流れています。

    テレビの1chの周波数も、8chの周波数も常に流れているように。

    で、問題はどちらに自分の周波数を合わせるか、ということにあって。

    先人が残してくれた「財産(伝統宗教)」にまったく頼ること無しに、
    神ならぬ存在である人間が、あるいは、イエスでも釈迦でもない凡庸な人間が、ただ「内在神」とやらに頼るだけで、絶えず神なるチャンネル/周波数に合わせていられるかというと、私は甚だ疑問です。
    そして、
    何のために先人が長い時間をかけて、経験に経験を積み重ねて、キリスト教や仏教や神道などの珠玉の「宝石」を磨き上げ、私たちにそれを残してくれたのか、ということがその疑問の答えとしてあると思うんです。

    それに頼らずに「自分の内在神」とやらを過信しぎていると、結局、行き着く先は、
    繋がり先がどこの何物とも分からないモノ(はっきり言ってしまうと「魔」なんですが)にいつの間にか乗っ取られてしまって(周波数を合わせられてしまって)、
    ここ50年100年の新興宗教やスピやカルトと変わらないものになる誤謬を犯すことになる危険性を多いに孕んでいると思うのです…

    というか、そういう実例をすぐ間近に見てきました。

    せっかく名門の旧祝(ほうり)家に生まれながらも、明治政府によって行われた神職世襲禁止令によって神社との繋がりを切られたために、良くないものからの囁きを受け、それを真に受けて(魔はそういう者を狙って自陣に“スカウト”してきます)、
    ジミヘンさんの批判される「神社、聖地を訪れては勝手に封印を解く」、
    “封印解き行脚”を全国隈無く回ってはされている方も間近にいました。

    さいわい、その方は繋がりを「斬って」軌道修正しましたが。

    でもこれまでに封印を解かれた多くのモノたちは今ごろどこで何をしていることか…

    考えただけで陰鬱な気分になります。

  7. ジミヘン より:

    仏教なんかでも地獄だったㇼ閻魔様だったりって 戒めの意味でということもだと
    自殺したら成仏できないもじさつしないようにとか

    悪いことしたら地獄に落ちるなんかも 実際そうかもですし 戒めもですし
    多分そういうものがないと

    良心にだけではねと 犯罪なんかも罰則(ある意味外の神)があるから抑止力なわけで
    それもあってこそ 内なる神の良心に添えるといいますか

    どっちも必要なのではね~と