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DR苫米地が語る 気の正体とは???

DR苫米地のインタビュー読んでたらすごく興味深いことを。


気の正体なんだが。


なんか慶応の生命分子力かなんかの権威の富田勝さんですら

生命って分からんっていうんだって。

で苫米地いわく気=宇宙の神秘だって。ようは分からんもの。


人体の細胞の遺伝子って私だったら配列全て同じじゃん。


なのになんで鼻の細胞は鼻になるのって。

手と同じ遺伝子なんだから鼻から手が生える可能性あるじゃんって。

各細胞には脳はないから細胞レベルには思考はないから

普通に考えたら不思議でしょ?って。

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で其処には大きなところからの位置情報という情報空間があるんじゃないかって。

色んな気孔の先生が気孔の出し方や気功について語るけど

世界の最先端の権威がわからんもんを

気孔の先生が教えたり語るのはチャンチャラおかしいじゃんって。

ちなみにこの人全日本気孔師会の副会長でもあるんだけど 笑

でそれ読んで浮かんだのが

実は気の正体って秩序なんじゃないかなって。
情報空間があって鼻の細胞からは鼻になるわけなら

その情報空間って秩序を保つ情報じゃないかなって。

もっと言うとあるべきすがたに戻すというか、

道教で言うとこの無為自然というか。


あるがままの姿に。

細胞レベル、遺伝子レベルから

本来あるべき姿の秩序にというか。


ほら、よく知らんががんでも

細胞かなんかの秩序が乱れると病気になるじゃん。


違った?

で其処を元の姿になれば治るって感じ?


でそんな意識で昨日やったら結構よいわけ。

コツははっきりしたイメージを持たない。

気の正体にしてもどう治るということにしても。


ただ秩序が戻るエネなんだなあ位で。

だって気の正体やメカニズム分からんのに

どう効くかイメージするのってどうよって。


でイメージできることって多分知れてるじゃん。

実はそれの何百倍も凄いことがおきてるかもなのに

イメージして限定するともったいないじゃん。

強くイメージすればするほど可能性縮むじゃん。

ここは上に開くってやつね。

ともう一つ興味深いこと言ってって。

人間怪我を治したりの成長ホルモンって

ノンレム睡眠のときしか出ないから結局疲れたり怪我したら

ゆっくり寝るしかないって。ま、ビタミン剤は取ってって。

霊符最初もつと皆さん異常な眠気に襲われるジャン。

いいじゃんって。

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コメント

  1. キュー より:

    合気道では、皆に肉体より大きい、気のようなものがあり、そこに技かけると(つかむと)一発です。たしかに達人は、身体に触れず倒せます。
    確かにさわると、境目みたいに感じかわるところあります。足の裏はさらに敏感らしいです。
    気、多分人間の本体なんでは…苫米地先生、なんか好きです。大天才らしくないところが特に…

  2. ジミヘン より:

    苫米地さん  話し方にちょっとだけ?

    アスペではないですが数字に強い天才特有のなんか話し方といいますか

    ま、天才ですよね!!

    合気って対人の自由組手自体のスパーが足りないから~というのは
    結構言われますよね 体系の中にそこが組み込まれていないみたいな

    ただ警察なんかに教える場合はそこ あるようですね

    因みに塩田先生曰く 合気の神髄はだれにも(高弟にも)教えてないから
    そりゃあ彼らは使えんみたいなこと仰ってましたね

    神髄=人を殺す技 刃牙の板垣さんもフルコム山田さんも 塩田先生にガチで挑まれて
    えらい目にあわされ(塩田先生的にはめっちゃ手加減)

    合気は人を殺せる技と実感してるようですね(塩田先生が使う合気はという注釈付き)
    板垣さんの自衛隊時代の極真もやってた猛者が 塩田先生に立ち合いお願いしたら

    あっという間に頭を押さえられそのまま地面に叩きつけられ 空間が歪んだって
    その後極真をやめて 塩田先生の弟子になったと著書に

    山田さんもガチスパーお願いしてパンチ放った瞬間ひじを折れる寸前まで決められたって
    いやいや 塩田先生幻想凄いですよね!!

  3. 翠榎 より:

    塩田先生の師である植芝盛平翁は、あの「拳聖」と言われたピストン堀口さんの放つ目にも止まらぬ速さの右ストレートをなんなく掴んで投げ飛ばしてしまったそうですからね。

    曰わく
    「どんなに速い突きでも必ず止まる瞬間が来る。そこを掴んで投げてしまえばどうってことはない」
    そう、弟子の塩田先生に話されたそうですが、
    塩田先生「理屈はそうだが、それが出来れば苦労はしません」とご著書に書かれています。

    植芝門下でも、神業の域に達したのは、
    塩田剛三先生、藤平光一先生、阿部正先生のお三人ぐらいでしょうかね。

    阿部先生は、合気会がほとほと手を焼いたほどの、違った意味での凄まじい「武勇伝」の持ち主です。

    また、植芝先生のそのまた師匠である武田惣角がまたなんとも…

  4. キュー より:

    皆さん詳しいですね。植芝先生、マジで瞬間移動したらしいです。軍で6人に銃で狙われても皆倒したらしいです。
    合気道の本質は、魂の修練だそうで、試合ないんですよね。ちなみに、ロシアのシステマも同じルーツだそえで、キリスト教の荒行だそうです。合気かけるといいますが、かかたおばあさんのパンチ、成人男子もふっとびますよ…

  5. ジミヘン より:

    植芝先生 拳銃で撃たれても 金色の線が弾の前でヒカルから
    それよければ当たらんとか言いますもんね
    藤平さんって そんな達人だったんですね!!

    ちょっと意外で

  6. 翠榎 より:

    藤平先生は植芝先生ご存命中に唯一、合気会最高位である十段位を受けられた方ですからね。
    先生の知人だった荒川博さんを介して、王貞治さん長嶋茂雄さんや広岡達郎さんを指導されています。
    王さんは藤平先生に氣の出し方を伝授されて、その結果生み出されたのがあの一本足打法です。
    広岡さんは、最初は合気道なんてインチキだと思っていたそうですが、藤平先生の実力を目の当たりにされてからはご自身で合気道も習われて三段の位まで取られました。
    あと、スティーブンセガールを指導されていたのもたしか藤平先生だったと思います。
    藤平先生は戦後間もなく合気道の普及にアメリカに渡られた方ですので、その縁もあったかもしれません。
    アメリカでは大男の格闘家たちを相手に次々に投げ飛ばしたり、抑えつけたりして不敗伝説を築き上げられました。

    ちなみにヨーロッパ(フランス)に合気道の普及に赴かれたのが阿部正先生です。
    欧州からさらには北アフリカに渡り、フランスからの独立を目指すアルジェリア(だったかな?)の義勇軍を指導されたりしました。
    この欧州&北アフリカ滞在中に阿部先生も荒くれ男たちを相手に連戦連勝。
    武勇伝の山を築きます。

    塩田先生は、戦後、台湾から帰国された後、戦時中に合気会が疎開していた岩間に一時ご家族で身を寄せられたあと、様々な経緯があって独立されることとなったのですが、その時点では九段位だったと思います。

  7. 翠榎 より:

    植芝先生は様々な神秘的逸話の持ち主ですよね。

    ある高弟の方がある時、夜道を植芝先生にお供して歩いていた時に歩きがてら、植芝先生に「昔の忍者というのは本当にいたのですか?」
    と尋ねたら、
    植芝先生「忍術というのは昔からあるが、活動写真でやっているようなあんなものではないよ」
    と言うなり、パッと「消えて」しまわれたそうです。
    お弟子さんたちがキョロキョロと先生を探していると、一区画も先の家の垣根方から「ここじゃ」と出て来られたそうです。
    それで、その高弟さん、別の時にも植芝先生に「先生、あの時の“消えた技”もう一度やって見せて下さい」とお願いしたら、
    植芝先生「馬っ鹿もん!!あれをやると寿命が五年は縮まるんじゃ!!」
    と烈火のごとくお怒りになられたそうです。

    リアリストの塩田先生も、そんな植芝先生に間近で長く接していて、植芝先生の様々な奇瑞にふれられて、そこだけは信じないわけにはいかない、ということになられたようです。
    ただ塩田先生は、植芝先生のそうした神懸かりな部分と、武道家としての部分とはきっちりと自分は分けて考えている、
    とも仰られていました。

    合気道の源流である大東流の武田惣角先生もそうですが、昔の古武道の達人にはこのような方というのはまま見受けられたようですね。

    例えば、幕末の柳生心眼流の達人だった星貞吉という方は、城まで行く途中に池があって、みんなは当然池を迂回して遠回りして行くのですが、星貞吉翁、悠々とその池の上を「歩いて」最短距離で渡られてしまった、という逸話が残っています。
    しかも星翁の衣服は全然濡れていなかったそうです。

    まるで、ガラリア湖の上をなんなく歩かれた、イエスキリストです^^

  8. キュー より:

    凄すぎる情報量、感動しました。ジミヘンさん、翠榎先生ありがとうございます。
    本当、ルーツはイエスなんでしょうね。

    • 翠榎 より:

      キューさん

      いえいえ、私の知識なんて浅いものですよ(^_^;)
      それでもほんの少しでもお役に立てましたならとても嬉しく思います^^

  9. チャム41 より:

    柔道の嘉納さんの理想は植芝さんの合気道だったらしいとの説もあり。でも植芝さんの合気道は天才的で広められないので道着着て投げの感覚をと始めたので晩年は柔道見て猪みたいに頭突き合うのを嘆いていたと。弟子を植芝さんに送りこんだり。その方は富木合気道の富木さんなんですけど。植芝さんは普段四股をかなり踏んだらしく。運足と言われる足の動き盗み見たら植芝さんに凄く怒られたと。過去記事の陰陽の足で星を〜にも通じるのかなと。