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京都と鎌倉 心霊スポットの怖さの違い

江ノ島と鎌倉についてですが 私の周りも、また読者さんも怖いとおっしゃる方がやたら多いのでその辺りを。

江ノ島は後日ね 鎌倉とは理由が違うので キーワードは弁財天!!

鎌倉だが京都も鎌倉もどちらも結構血が流れてるでしょ?

血なまぐさくて しかも京のほうが鎌倉以上に陰惨な政治のどろどろや

術のどろどろが多くて実は鎌倉より怖くてもいいはずじゃん?

でも京って鎌倉みたいなイメージないじゃん?其処がポイント。
でそれのキーとなるのが公家の存在。

都にあって鎌倉にないもの、それが公家なのです。


多分今まであまりそういう見方ってないと思うが実は公家って

かなり日本史で重要。特に呪とういかそっちで。

私の好きな井沢さんは公家は歌を詠んで政治にしてたといっていたが

それって凄い推理!


私それ読んだ時この人シャーマン?とかって真剣に思ったほどなんです。
言霊って昔は凄い重要で基本は悪いことをいうと起きるって発想でして。

で私のリーディングだと公家は歌によって都を浄化(血塗られた都を言霊でコーティング)してたと。

公家がもっとも嫌ってたことって穢れじゃん、中でも血の穢れ。

それを扱わせるために武士階級が公家達に使われてたりでして。

(軍事やらってもっとも忌み嫌うでしょ?でそれらをさせてた)
ここも重要だが武家といえばやはり東国でしょ?で本拠は鎌倉、

(ま、頼朝以降ね)


ってことは鎌倉という場所はまずはじめに穢れ(流血)ありきの場所なんです。
鎌倉で大量の血が流される以前から(倒幕やら御家人の粛清やら)

もうはじめからそういう性格の土地となることが運命付けられてるのです。

公家って基本ろくな政治してないじゃん。民は全く見向きもせず

基本自分達の既得権を守ることと各行事(しかも暦毎に)

と歌を詠む位でもう最悪の政治なわけじゃん。
だがこれが霊的にみるとかなり重要でして。

陰陽でも書いたが古来より暦って凄い重要視でしょ?
なぜか?色んな理由があるがその一つがこの国土のサイクルをきちんとすることで
この国の生命力がちゃんと維持できるということ。

人間に例えると規則正しい生活ってやつね。
でご飯が祭りだったりするわけ。
でそれを司るのが天皇。だったり公家さんね。

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公家の意識ではそれこそ大事なのは都だけであってそれ以外の地域はどうでもいい。
其処の人間はそれこそ当時の蝦夷の意識じゃないが野蛮人。
もっというと人種が違うのでなく同じ人間ではないもの。

自分達の大切な都が血で穢れるのは絶対に駄目なわけでそれを歌を詠んで言霊で
穢れを浄化してたのです。しかも熱心すぎるほどに。
感覚としては血をふき取って其処を消毒というより、

血の上に何かコーティングをして全く血の跡形をなくすといったイメージね。

それは都のみ対称なのです。
対する鎌倉ですが。ここの怖さってある意味日本海のリアス式海岸的なむき出しのごつごつした岩場てきな怖さでしょ?

まず公家の存在がないじゃん?で鎌倉幕府は穢れに対してどう扱ったか?
ここがその後の性格をある意味決定した感が。
武家って元々血を扱うプロじゃん?其処まで意味嫌わないじゃん?血を。
でどっちかというと殺した(特に非業の死)モノの怨念というものを一番恐れていたわけでして。

しかも日本史上最も恐れるべき怨念の義経を筆頭に有力御家人なんかもね。
なぜ義経かというとやはり義経追討はかなり頼朝的にも後ろめたさと恐怖がある感じが。
しかも日本史上最高の軍事の天才なわけじゃん?
そんな人間が怨念を持って死んだらもう怖くて仕方ないでしょ?
天神様どころの仕返しされそうじゃん?

人外のものには源氏のもっとも強い霊力の八幡様を使って。
霊的な軍事力には(対義経や奥州の怨念)には源氏史上最高の武将八幡太郎様を
使ってね。
なので基本鎌倉って祓うというより血や霊に対しては封じ込めみたいにかなり

強い態度なわけ。
例えると犯人は殺しちゃって一件落着だが事件で流れた血やらは拭きもせずに

其処に流れっぱなし、で現代に至る、的なイメージね。
なんとなく鎌倉の怖さってわかった?
ま、それプラス御家人の粛清(凄く陰湿な)と鎌倉の血に

ある意味誘われた霊(これは現代の自殺者やらも)といったものの相乗効果ですね

で次回は江ノ島の怖さ。ま、簡単に言うと弁天様が肉食だったということが一番の要因ですな

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コメント

  1. 浅井康広 より:

    京都と鎌倉の、怖さの質の違いがよくわかりました。
    ありがとうございました。