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陰陽道の呪術といざなぎ流

さて実家陰陽師だったよと言うと 皆さん映画の陰陽師のような
イメージでしょ?

なんか正統派みたいな

でも現実は全く違います

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それに陰陽師ではなく民間の陰陽師ですから

でね、そんな陰陽陰陽したものってそんな伝わってないです
ま、陰陽陰陽はせけんのイメージの

どっちかというと土着の拝みやの方が近いです

正直現在正統派の陰陽師ですって

そうそういないでしょ?

本家の土御門神庁さんも実は土御門の直系ではなく弟子さん系列が
という話も聞きますし

高知のいざなぎ流も陰陽色というよりは 神道に陰陽的なものが感も 祭文は陰陽じゃないもん

本人達も陰陽じゃないといってたようなきが

ま、確かに陰陽的なものが入ってたりもしてたんです

うちも お寺さんや親戚の話し聞いたりすると

(といっても親戚もなくなったりお寺さんも今の
住職さんのお父さんの時代の方が話はのこってた)

江戸期くらいまではどうやら結構陰陽色も強かったそうですが

明治の陰陽廃止例だっけ?あそこで陰陽師って名乗れなくなったり 色々したじゃん

あのあたりから拝みや色が強くなった感です

それに結構な大庄屋だったのでいろんな方が
泊まってたそうで それこそ修験、密教、神主やら 親戚のなくなったじいさんによると

その辺りの人たちは何日もお世話する代わりに術を教えてもらってたそうなんです

ちなみに祖母の実家は神社も持ってって村のいくつかの神社の宮司も兼ねてたりしてました

今も学校の先生をしながら兼任してたとか聞いた気が

もういかにも民間陰陽的な雑多感なんです なので自称陰陽師ってあやしいかたおおいですよ~

と思ったりなのです うちでも陰陽?ときかれたら結構困る

一応民間のだったのですが・・・
って感じ

そういえばちびっ子の頃 祖母の兄弟のとこ行ったときね、陰陽式の祭壇を作って
その横でいあゆる線香護摩的なものやって祈祷してたもん

それって正式な陰陽では多分ありえないじゃん

真相は今になるとわからんけど 祖母なんかも霊を固めるのって 今思えば完全に密教式の
だった気がしますね

術やらする際のいわゆる護身法も密教式だったし

ま、そうでしょうね よく神道のご神歌てきなのも使ってたしね それは多分神主やってる
親戚の家系からなんでしょう 今思うとかなり何でもありでしたが ま、おんみょうらしいちゃらしいけど

と思ったら今パソコンの上を白い鳥のようなものが横切って 祖母って結構式でとりのようなものを飛ばしてたんです

折り紙で鳥や蛇を折ってそこに込めて

式にしてたりしてたな~と思ったり

今になると私も似たような事をやってるなと ははは

コメント

  1. 匿名 より:

    「江戸時代には正月の縁起ものである獅子舞や河内漫才、猿回しなど大道芸のプロは必ず陰陽師の資格を得なければならなかったこと。そしてそれは土御門家が金で交付していたことが明らかになっています。」

    と言う文を見つけました。
    とても興味深いです。

  2. ジミヘン より:

    土御門が陰陽師を支配しようとして認可制にしようとしたんですよ~

    うちもそんな話きましたが鳴弦っていう弓を使った祓いはしちゃあかんよ~といわれ
    結局土御門傘下には入らずで

    なのでうちは正確には陰陽師とは呼ばずに民間の拝み屋さんなのです
    陰陽師と正式になのれるのは認可もらった家だけですよ~と思っております 

    職制としての

  3. 岩根 美香 より:

    はじめまして。
    昨夜、偶然こちらのブログにアクセスさせて頂き、拝読しました。
    かつて伊勢白さんの森羅万象を
    10巻まで興味深く読ませて
    貰ったのですが、私なりに
    違和感もあり、ジミヘンさんの
    お話でなんだか
    いせはくざんどうスッキリさせて頂きました。
    有難うございます!
    アクセス出来て、嬉しいです!

  4. ジミヘン より:

    あのシリーズそんなでてるんですね!!すげえ
    分厚いし価格も高そう なのにそんな出版ということは需要有るんですね~

    あんな分厚い本は木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったかくらいしか買えないです
    あはは

    といいながら新説佐山聡伝を買ってきますが~

    わたしもジミヘン、我が闘争とかをシリーズ化して出版して
    世界から叩かれますか!!