読者登録お願いします
スポンサーリンク

皆さん大好きな因縁の解消のお話 

因縁のお話DEATH

私の中では因果と因縁というのは分けて考えてるのです

現世で不倫をしたから云々、罪の意識を持つ行為をした報いが云々と

いうものは私的には因果の芽をまいたという感覚

因縁というのはもっと根が深いイメージなのです

そして私個人の罪が原因というよりも、社会全体であったり

家系と言った広い範囲のある種の集合意識的なもの

いわゆる全体の業的なものがたまたまあなたに出ちゃいました

そんなイメージなのです

ちなみに徳も因縁もある種の椅子取りゲーム的な部分が大きい気がしていて、、全体の徳がたまたま私に持ちまわった

そんな場合も結構あるのでしょう

さてそんな因縁ですが、例えば今の不幸の原因が本当に

何かしらの因縁という場合だったと仮定した場合

因縁というのは、数年単位で因縁化するものではないと思うのです

何百年という長い年月をかけて因縁化したり

はたまた因縁となって家系に憑りついている

仮にその因縁をどえらい先生がサクッと浄化できたとしても、

因縁が原因の病気云々ってすぐに全快はしないと思うのです

長い年月をかけたものはやはり長い年月をかけて徐々に良くなっていく

そういうものでしょうし、またそうでなければ何かしらの反作用が

おきると思う

反作用というのも自分に起きると限らず、違う場所や違う人に起きる可能性もある

そこは自分に何かしらの縁がある人にと思うのです

もひとついつも思うのが、因縁というものって自分の代ですべて解消するようなものではないのだろうな~と思う

私の代ではここまでの解消というのがお役目

そんな感覚

そのお役目がすべて解消するお役目であれば解消できるのかもですし

そうでなければ少し軽くして次世代へバトンタッチ

すべて解消できるというのも、お役目というよりも

たまたまそのタイミングのめぐりになってる、そんな感覚なのでしょう

私なんかは、すべてを解消できるとも思ってないので、別に焦らずに

毎日少しずつ粛粛と滅罪する、そんな感覚なのです

その結果、状況がよくなったり云々というものも期待せずに

ただ自分の代で出来る範囲のことをやりゃあいいでしょ~

そんな感じの認識なのです

しょせん人間ができることなんて知れてますし(ただ知れてる程度しかできないので、知れてる程度のことはやっとく方がいいのかも)

スポンサーリンク

人間に、過去性や来世があるかどうかなんかは本当は分からないし

証明しようがない

私的にはあるだろうな~とは思っていても、立証なんかはどれだけ科学が進歩しても出来ないと思う

世のなかにはそんな不可侵な領域、神や仏のみが知りうる領域は

やはりあると思うのです

ただ過去性や来世というものがあるという認識で生きる方が

人間ってよく生きれると思うのです

社会全体にしてみても、来世という認識がある方が

良き社会になると思う

今世でおしまいとい、地獄も天国もないという認識であれば

別に悪いことしようが、辛くなったら自殺しようがいいじゃん

楽になっておしまいでとなりかねないし、罪の意識がなければ

犯罪云々だってもっと起きると思うのです

因縁云々という見えない世界の領域にばかりフォーカスしていくと

人間病んでいくと思う

精神的にも肉体的にも 思考のベクトルでいえば、多分そっちの領域に

ベクトル向けると、マイナスの思考ばかりになっていくと思うのです

良く取れば反省にむかうですが、反省ばかりに向かえばそりゃあ病むわな

反省と、その先のよっしゃ~、頑張るぞ~という

何だか前向きな気持ちはセットで持たねば人間病みます

しょせん我々は物質社会で生きてる身ですので

物質社会の生活を大事にしていかなければ絶対免疫が落ちると思います

因縁云々も、まあ自分の代でできる範囲でしか解消なんかは無理だわな~、その程度の認識の方がええのかも

パパさん、ママさん、爺ちゃんやそのまた爺ちゃんだって皆さん

解消なんてできずに生きて死んでいったのですから

それでも何とかなってた方の方が多いので(家系が続いてるというのは

なんとかなってる証拠)

ま、何とかなるでしょ ちなみに私が好きな言葉は

夢や希望なんて持たなくても人生やり過ごせるっしょ~です

コメント

  1. 猫のチャイ より:

    >物質社会の生活を大事にしていかなければ絶対免疫が落ちると

    この前たまたま片岡鶴太郎さんのライフスタイルを追ったドキュメンタリー的なやつの、ほんの一部分をテレビで観たのですが。
    ものすごくこだわって、自分を律して(というかたぶん本人がそうしたいのでしょうけど)生活されてるんだけど、お顔が映った時にすごく不健康というか、それこそなんか憑いてないか?みたいな顔に見えまして。

    インドのヨガの大家(おおやじゃなく)みたいなおじいちゃんって、ガリガリだけど肌はツヤツヤしてて穏やかな笑顔でって感じですけど、鶴太郎さんはむしろ、ひょうきん族でバカやってたり俳優したりしてた時のほうが、人として良い顔をしてたんじゃないかなーと、エラソーですが思ってしまいました。

  2. ドトール常連 より:

    精神世界に傾きすぎてはいけないと言うことかしら。

    何事もほどほどにの微妙なさじ加減が大切で中庸を保つとかバランス良く~
    が良いのでしょう。

    ストイックに生きるのが好きな人はどうぞご自由にでしょうけど

    完璧を求め過ぎると
    ある時点でバランス崩し
    崩れてくるという法則(美容整形なんかもw)

    まあ
    この変で良いでしょう。とか
    もう少し~言うとこて止める。とか

    上手に生きられる人になりたいです。

    今日もジャーマンドックおいしかった!です(^_^)V

  3. ジミヘン より:

    精神世界に行き過ぎると私の感覚では病みやすくなると思います
    特に精神面で
    免疫も落ちる気がすごくします

    その辺り記事に~します

  4. ジミヘン より:

    ちなみにストイック杉は早死にの元と思ってます~
    何事もほどほどに

    ある球界を代表する大投手が言ってましたが
    結局どれだけちゃっかり上手にさぼれるかが選手寿命を左右する

    ついでに何をさぼって何をさぼっちゃいかんかをしっかりと分かっていないと
    大成は出来ないとも

  5. 猫のチャイ より:

    お釈迦さまが菩提樹の下で死にかけながら悟ったのは「何事もやり過ぎたらあかんわ(中庸)。」でしたもんね。
    そこまでしないと分からんかったんかい!と、ツッコミどころ満載なこのエピソードが大好きです。

    オタニサーンもああ見えて、実はサボるとこはサボッてるのでしょうか。そう思うと余計カワイイな!(近所のおばちゃん目線です)

  6. 読者 より:

    出来る人は
    手の抜き方も上手なんでしょうね

    「こう見えて計算して動いてます!」
    なんでしょうね。

  7. ジミヘン より:

    何事もほどほどにです オタニサ~ンなんてフルでがっつり練習して試合してたら
    どう考えてもぶっ壊れてますもんね~

  8. ジミヘン より:

    出来る人は優先順位のつけ方や、何が必要で何がそこまでではないということを
    明確に分かってるんでしょうな~ 努力の方向性といいますか

    もひとつ大事なことは歴史に名を残す方達って、一見無駄に思えることも
    やたらとやるという共通点ありますよね~

    何故かピッチャーでもひたすら走りこむみたいなことを
    私が興味あるのは近代トレーニングのすいを集めたダル(女の趣味は前近代)

    この方が金田式の前近代的走れ走れの根性主義を実践してたら
    成績は上がってたのか下がってたのかなのです

    私的には実は今頃200勝してたかもと思ったりです