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血塗られた古都鎌倉をリーディング、三浦氏編

さて三浦義澄さん この方がですね

どうやらすごいです はい
ちなみに孫の代で三浦氏が滅亡させられていることについては
じつはそこまで怒ってないのです

相手が悪すぎた という感じでまあ 仕方がない

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それが命運という感じです

東国武士らしいといえばらしいです

ちなみに孫の兄泰村のほうは買ってませんが(武士としては心が弱すぎる)

弟の光村については世間で言われるような

謀略等のできない猪武者

とは思ってないですね

相手が歴代北条氏の中でもトップといってもよい時頼では
相手が悪かったという感じです

さてこの義澄さん 中々のというかすごい男です
ざっくりしすぎの表現ですが ははは

三浦氏における八幡太郎義家のような存在といいますか


鎌倉武士団の中でも

畠山重忠と同じように尊敬を集める人でしょう

武名も大変鳴り響いてたのでしょう

それ以上にクレバーさも
実も華もといいますと重忠さんのイメージですが
この方もですね

それこそ 家中では信仰の対象に位の方です

孫の代で滅びてますが(分家というか ほかの系統は早雲にほろぼされてたっけ?)

三浦家宗家が江戸まで生き残っていたら

信仰の対象となってたでしょうね というくらいの人物です

ただ三浦家って

義澄の息子義村がこの鎌倉武士団の象徴とも言える


重忠を討ち取ってるから御家人の間で

メッチャ評判悪いんですよ

残念ながら世の中的にまわしてはいけない人物(今回は北条時頼)

と敵に回してはいけない象徴(重忠)というのがいるのです


会社で派閥やら作る際 その辺ちゃんと見極めましょう

誰を味方にするか 誰を敵にしてはいけないかを
敵にしていけない人物 たとえその人物を追い落としたとしても

その後絶対によくないことがおきます

もしかして神仏の意思でおきるのかも