記事検索

レスポンス広告

命はだれのもの?

さてお知らせです

 

今月の21日~30日まで不在のため宅配等のお荷物

受け取り出来ないのでお直し等の方発送は来月でお願いします

 

その期間メールやコメの返信もできないです

 

旧ブログの過去記事ですが

 

http://blog.livedoor.jp/a4668/

こちら旧ブログね 皆さん読みまっしょ

 

ななしさんのコメで命は最終的にその人のものとあったので。
確かにそうですね。おっしゃるとおりです。
納得です。延命治療は本人苦痛なだけです。

凄く納得なんですが。
私の考えは正しくないかもと思いながらもでも本人も含めみんなのものと勝手に思ってます。
会社って誰のもの?ってよく言うじゃん。

最近はステークホルダーといって会社に利害関係をかかわるもの全ての人や社会のものって
理論あるじゃん。あんな感じ。

社長だけじゃなく取引先、株主、消費者、

ひいては法人税を期待してる地方都市やもっというと

その都市で暮らしてる人のものかも。

 

そこに関係性の濃淡はあるが。
命もね。そんな感じ。もう社長だけのもにじゃないわけ。
社会とせってんをもったら。命も生を受けた時点でね。

誰かしらとかかわるでしょ?

 

実は父癌なのです。祖母がなくなるときはお年だしま、

あきらめもね、認知になっちゃったし。
ほっとする半面で。

 

父の場合はね、父はどうせいつかは死ぬし早いか遅いかの

差なだけだから家族の負担になるから延命治療はするなってね。

ただ家族としてはいやいや、あんたはこの家族で凄く大事な人で、まだまだ必要なわけ。
生きてもらいます。
もししぬとしても出来る限りのことはおこなってあそこまでやって亡くなったのなら仕方ないって
家族が後悔しないようにしますよ。
それに今なくなったらみんなこうかいします。
せめて気持ちの整理やお別れの時間をもらうよって。

父の命だけどあんただけのものじゃない。

 

だって家族じゃんって。
やはり母なんかは長年寄り添ってただけにその思いは強いわけ

で兄と僕もむろん同じくで。

 

で私が思ったのは、父には悪いが父はなくなる人。

なくなる人よりも残されたものの気持ち、

その後のこうかいを残さないほうをゆうせんさせて
もらうよって。

 

今後何十年もあのときにって想いを背負いたくないし背負わせたくないわけ。
で病気でなくなったらその時点で苦しみから解放されてあっちの世界だから悪いけど
少しは苦痛の時間あるかもだけどね、って話は父にして。

ただ兄とは最終的な落としどころだけはある程度ね。考えて。
本人が本当に苦痛で見てるほうもかわいそうになったり、

延命の期間が凄く長くなって
家族的に凄く負担になったり多分色んなことがおこるじゃん。

そうしたときは何をゆうせんするかとかね。
でそこはやはり本人の負担を最優先でって。
やっぱり家族だもん。

いくらみんなの命といっても苦しむ父をある意味家族のエゴで
ねってのもね。

なので本人もみんなも納得できお別れが出来るラインがねって話はよくしました。
父の尊厳も母の気持ちもみんな受け入れたいじゃん。

ま、話しまとまらんけどななしさんのおっしゃるとおりだなって。
でちなみに父、元気です。相変わらずテニスとバイクにはまってます。

なんかななしさんのコメってあらためていろんなこと考えさせられますありがとう御座います

 

ちなみにあれから5年 元気にテニスとバイクやってます

昔の人は体力が違いますな

月間人気記事ランキング

投票お願いします

ランキング

レスポンス広告

-グダグダと日記風