前田利家は徳川家康を斬り殺すつもりはあったのか?

そうそう、立花さんって当時の清正さんやらに

凄い畏敬の念とかもたれてたじゃん?


関が原で西軍について敗軍となった時とか。

あれって戦の天才だったとか人柄もあるがやはりこの方の

龍的な部分で畏怖されてたと思います。

そうそう、今浮かんだのですが、利家が最晩年に家康と接見してるじゃん?
お互いの屋敷に行って。


でそのとき息子に家康が来たらどうする?

って聞いて息子はちゃんと接待しますよ、
位言って利家ははーっとがっくり伝説あるじゃん?

歴史的には実はもうそのとき利家ははじめから

家康と刺し違える覚悟はなかったってなってるじゃん?

多分違います。

というか浮かんだことは、家康と刺し違えるということを龍に語ってます。
で最初は本当に刺し違える気でした。

やはりそれは2度目の家康が屋敷に来たとき。

スポンサーリンク

がやはりこのかた戦国を生きてきた武将です。
今の自分では家康を斬れないとその場で悟ってます。

感覚的には家康宅に行ったときから家康が来たときの間に

利家の状態がとても

悪くなってると。

行ったときの状態なら切れたが今はもう斬れないと。


上手くはいえないが肉体的には斬ることは出来るが

気力的にもう斬る気力がない

(胆力で斬るって言うじゃん)と悟ってますね。

自分の気力といまだ充実してる家康の気を比べたときに切れないし

もう前田家では

今の家康に対抗できないと冷静に悟り逆に倅を頼むと。

その辺りはやはり戦国を生き抜いた男の冷めた冷静な判断です。

逆に気力が充実していればまた状況は変わってたでしょう。

当時の空気を私なりに感じるとやはり秀吉恩顧は

(正則、清正、浅野とか)は利家が

元気で家康と戦えば利家についたろうし佐竹なんかも最初から西軍、

正宗は日和見だが
最終的には徳川不利と見ちゃうでしょう

ということは実は東海地方が西軍となり、親徳川って黒田長政が旗手?

とかと感じます

かなり今寝不足で怪しいリーディングですが。

なんだかボーっとしてるので読み違えかなりあり

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする