読者登録お願いします
スポンサーリンク

3丁目の夕日に続いて鎌倉ものがたりも待望の映画化

さて師走のくせに なぜかお盆のお話

なぜなら師走は忙しいので 旧ブログからの過去記事です

どうせあんだけ旧ブログ量があるので 皆さん記事全部読めないOR覚えてないでしょ?

ついでに少しずつ記事内容変えたりもで 私もなんだか成長してるようなので

過去記事違和感あるとこは訂正してます

今日は7時頃に帰宅しました ちょうど夜と夕方の間で空が蒼黒くていい感じで。
のんびり歩いてると何軒かのいえに人魂が入っていくのを見ました。


そういえばそろそろお盆だなあとのんきに見てると空の雲の切れ目の蒼黒い空
からいわゆる霊団が降りるのを視て。
何気に異界のドアがもう開いたんだなと。

おもって歩いてると空き地の草むらからも。ポッかりと空いた空間から霊が。
普段は閉じてるがやはりお盆だなあ

で何軒かの家の生垣には何体かの先祖霊がたたずんでたり。
都会では中々出会えない光景ですが我が家いわゆる昔のお屋敷街(賃貸だが)
なので古きよき日本のお盆の景色が残ってるんです。

で何気に視るとなんだか昭和も30年代頃までの霊ばかり。(明治以前は余り見かけず)。
はて?と思うがこの辺り別荘地となったのが確か明治も終わり頃だった気が。
じゃ、何で30年代まで?ですがもしかしたら家庭で野菜の乗り物や送り火してたのが
その頃までまでだったのか?

とか。3丁目の夕日の時代の空気というか。とても懐かしくよいですね。
今窓を空けて外を見ながら書いてるが本当に波の音しかせずによいのです。
ただ空気がざわざわと。

やはりお盆は先祖が来ますね。
古来日本は霊と共存してたのだと改めて感じます。
霊を大事にしないとそりゃ不幸になりますね。

先祖霊や成仏した霊というのは本当に懐かしく温かいです。
皆さんが思い描くよき日本(懐かしい三丁目の夕日の頃)を思い出すと
そんな感覚になるでしょ?
なくなったおじいちゃんやおばあちゃんを思い出すとなんかあったかくて胸の奥が
熱くなってなんだか泣きたくなるでしょ?
そんな感覚です。

その感覚を覚えとくと自分を守護してくれる霊のサインや縁ある霊が近づいてる感覚、
逆に悪い霊の感覚が分かるので知っとくとよいですよ

ということで今日はサボらずに供養しよっと。
せねばでなくしたいという気分です

コメント

  1. 翠榎 より:

    父方、母方両方の祖父を知らないので、この感覚、実はよく分からないのです。
    特に父方の方は武家の特徴でしょうか、一族の伯父、伯母たちと会っても昔からどこか他人行儀です。
    だからたとえ祖父が生きていたとしてもこの感覚は変わらないと思います。
    母方の祖父は、鉄砲鍛冶の棟梁の家で江戸時代は津軽藩の士分を賜っていましたが、実際は工と商を併せたような職掌の家でした。こちらの祖父は直接会ったことはなくても何故かすごく親しみ、そして慈しんでくれる感覚を昔から感じるのです。
    ですので私は「生きた感覚」は知らないのですが、不思議な感覚は味わったことがあります。
    父方曾祖母(父の父の母)の家は江戸時代、白石城主片倉家の家臣でした。
    その白石に昔、父といっしょに、白石城再建の寄付を兼ねて行った時、私は38度台後半の熱を出してしまっていて、もう具合が悪くて悪くて、とても白石の街を巡るどころではなく、白石の駅で降りるなり、写真をいっぱい撮ろうと肩にぶら下げていた一眼レフカメラの重い機材を、コンパクトカメラを除いて全部、目についた駅のロッカーに放り込んでしまったのです。それでロッカー番号の鍵を見たら、17という数字でした。私の誕生日は17日ですし、父方祖父の命日も17日。そして当時は学生時代以来、下宿を引っ越すたびに、その住所や電話番号に17という数字が入りました。
    それで私は17という数字にどうやら縁があるんだなあ、と漠然と思っていたのですが、白石に着いた時は高熱のため意識が朦朧としていて、そんなことはすっかり忘れ去っていました。
    それが無造作に放り込んだロッカー番号が17番だったことで「あっ!」となってしまったんです。
    その瞬間、頭上からなんとも言えない暖かみのある光が私を照らしてくれているような感覚がしたんです。
    まるで先祖が、「はるばるよく来たね」と微笑みかけてきてくれたようでした^^
    ジミヘンさんの仰る「孫を見るおじいさんの優しい感覚」ってこの時私が味わった感覚に近いんじゃないのかなあ、と思い、思わずコメさせていただきました^^