呪術の達人の共通性を武道家に見た

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日野晃さん(だっけ)という武術かと

外人のダンサーのセミナーの本を読みまして。


正確にはパラパラっとめくっただけだが。

でその時感じたことが。


武術の型って実は

身体の取り扱い説明書なんだな、と。


しかも何百年、千年近く作り上げた。

これは平さんや宇城さんなんか見てても感じますが。

以前にも書いたが日本の呪術って

基本刀を使う(意識としても)こと前提であり

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それゆえに刀=神聖なものとの

意識もあるのです。

(象徴というか)。

九字とかさ。、詳しくは九字の切り方とかで

ブログ内検索してください。


で身体の説明書ってないでしょ?


でも武術の世界にはあったんです。

これって凄いことですよ。

西洋と東洋の文化の違いというか。


昔の武術かってありえないような話多いじゃん。

でも現在の達人はそれらの話は


肯定するじゃん。

ただ自分も含めて其処までいたらないだけで。

現代の達人たちも我々から見ると

ありえない動きな訳で。

前振りが長くなったが

断食状態となると
凄く意識が鋭くなってるのです。(ある意味霊感)。

例えば遊郭跡地を歩くとああ、

ここは実は異界との入り口であって

其処にこのお稲荷さんを
持ってきたわけね、等視えたりと。

気の流れが格段によくなって何もしないのに

手から気が普段より強く出たり。

で感じるのは意識と身体なのです。
精神世界の人たちは余りにも意識中心で

肉体感覚をおろそかにしすぎ。

実は肉体って意識を超えるな(というとままあり)。


昔の術者や現在も特に日蓮系の

とある流派のお坊さんなんかも

肉体の荒行を積むというのは
そういうことだ、と。
術を使うにはやはり今ある肉体をいかに

効率よく使いきりその後に出てくるもの
を使う技術だなあ。

と感じます。

ま、火事場のくそ力をいかに

コントロールできるかという感じで。


昔の術者と比べ断然今の術者が力がないのは

以前から書いてる意識(全体のも含む)
と実は身体の使い方と開発の仕方の

修練の差だと感じます。
ちなみに西洋的なメソッドでは絶対に

術者的能力は開発できない感が。(特に日本人は)。


それは根本の身体の運用方法が

西洋と東洋では違う感じです。

なので西洋の術と東洋の術って根本が違うのです。

(西洋の術って実はわかんないが
イメージとして)。


日本の術はやはり根本に身

体操作としての武術があったのかと。

なので現在の達人と呼ばれる人たちが

真剣に術をすれば我々霊能者なんかより
断然凄い術者となるでしょう。

というか彼らの技ってもう呪術みたいなものじゃん、

ありえないくらいで。
皆さん気というものを操ってるし(気配をとかね)。

もう完全に凄腕術師です。

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コメント

  1. りんご より:

    昔、見ず知らずの人にいきなり九字をきられました。
    そんな失礼なことをして何か得になるのでしょうか?
    それとも変な気配でも感じたのでしょうか
    でもスピかぶれの変な人だったのか全く効きもしなかったのですが・・・
    やはり武術とかして体鍛えてないと効かないんですね
    ただのスピかぶれの九字では効果がないんですね

  2. ジミヘン より:

    そこは微妙ですなあ 神仏の前できることもあるし
    ま、それは自分についてる不浄を取って清浄となって

    という意味合いもですし 誰に対して斬ったかで
    いきなりリンゴサンにだったらねえ

    せめて こうこうだからきるよくらいは